東京女子医科大学は8月19日、成熟した神経回路を維持する仕組みを解明したと発表した。
同成果は、東京女子医科大学医学部生理学(第一)講座の鳴島(行本)円 准講師、宮田麻理子 教授・講座主任、東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻生理学講座神経生理学分野の狩野方伸 教授らの研究グループによるもの。
脳は個々の経験や生育環境に応じて発達し、成熟した神経回路が固定され、維持されることで、子供の頃に獲得した性質が大人になっても残ると考えられている。神経細胞レベルでの研究でも、子供の脳では発達初期に過剰な神経回路が形成され、その後生育環境によって必要な物が残り、不必要な物は刈り込まれて精密な神経回路へ成熟することが知られている。いったん成熟した神経回路は柔軟性に乏しく、容易に変化しないと考えられていたが、最近になって一度成熟した神経回路がその後も正しく維持されるためには生育環境からの持続的な経験が必要であることがわかってきている。例えば、視覚を司る神経回路が成熟した後、視覚情報を遮断すると成熟した回路を維持することができなくなり、完成した神経回路が退縮し、余分な神経回路が作られて正確さが失われ、まるで子供の未熟な神経回路のように変化することが知られている。
このような退行現象は、発達障害疾患の一種であるレット症候群のモデルマウスで報告されており、レット症候群に特徴的な病態である、発達の初期に正常に獲得された脳の機能が成長してから失われていくこととよく合致する。しかし、どのような仕組みで生育環境によって神経回路が維持されているのかはわかっていなかった。
今回の研究では、代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)というたんぱく質に着目。mGluR1は神経伝達物質のひとつであるグルタミン酸により活性化される分子で、細胞の外からの情報を細胞の内部に伝える役割を持ち、大人の視覚視床で特に多く発現する。研究グループは大人になったマウスが開眼し眼からの光刺激を受けてから、視覚視床のmGluR1が急激に増加することを発見。そこで、視覚視床の神経細胞から電気的な活動を記録するパッチクランプ法と、電子顕微鏡を用いた神経回路の微小な構造の観察によって、神経回路の性質を詳しく解析した。
実験では、視覚視床で神経回路の成熟後にmGluR1を失くす操作を行うと、暗闇で飼育したときと同様に、完成した正常な神経回路を維持する仕組みが破綻することが確認された。逆に、暗闇での飼育中にmGluR1を活性化させると、視覚情報の遮断によって起こる異常な神経回路の形成を防ぎ、正常な神経回路を維持することに成功した。
これらの結果から、mGluR1を失くしたときに正常な神経回路を維持する仕組みが破たんするだけでなく、たとえ生育環境を変化させても、mGluR1を活性化することで、神経回路の退行現象を防ぐことができることがわかった。これにより、mGluR1は成熟後に生育環境によって神経回路を維持する仕組みに必要不可欠なたんぱく質であることが証明されたことになる。
研究グループは今後、レット症候群の原因タンパク質として知られているMeCP2とmGluR1の関係を明らかにすることで、レット症候群の特徴的な症状の原因の1つである、神経回路の退行現象を解明したいとしている。