米国の脳研究の状況について発表するアルゴンヌ国立研究所のRick Stevens氏

「Brain Initiative」に沿って進められている米国の脳研究の状況について、ISC 2016において、アルゴンヌ国立研究所のRick Stevens氏が発表を行った。

オバマ大統領は、2013年4月に脳研究を推進するBrain Initiativeという大統領令を出している。この大統領令の下、米国も国家をあげて脳研究プロジェクトに取り組んでいる。

革新的なニューロテクノロジの進歩により脳を研究するオバマ大統領のBRAIN Initiative (この記事の図は、ISC 2016におけるRick Stevens氏の発表スライドを撮影したものである)

「BRAIN 2025」と呼ばれる研究プランのゴールは、脳の神経細胞の接続(コネクトーム)を解析したり、脳のダイナミックな動きを調べることで、脳の動きと行動の関係を解き明かし、脳の動作原理を明らかにすることである。脳の理解がすすめば、PTSDなどの脳の障害を直すことが可能になるという可能性があるし、人の脳と人工の脳が、直接、コミュニケーションできる可能性もでてくる。

BRAIN 2025のゴールは、脳の神経細胞の接続や働きを理解して、動作原理を理解すること

2025年までの12年間の研究予算は、おおよそ次の図のように考えられており、2014年度の5000万ドル程度から2019年には5億ドルまで増加し、その後、2025年度まで5億ドル程度の予算額で推移するというプランである。

Brain Initiativeの12年間の予算案。2019年度以降は5億ドル/年

2016年度の予算総額は3億ドル程度で、NIH(国立衛生研究所)が1億3500万ドル、DARPA(国防高等研究計画局)が9500万ドル、NSF(国立科学財団)が7200万ドルの投資を予定している。そして、IARPA(情報高等研究計画局)、FDA(食品医薬品局)もBrain Initiativeに参加し、金額は確定していないが、2016年度から資金を投じる予定であるという。また、2017年度からはDOE(エネルギー省)も参加を提案している。

2016年度はNIH、DARPA、NSFが3億ドルあまりの予算を投入する予定で、さらに、IARPA、FDAも参加する

2016年から2020年は、新しいツールやテクノロジを開発するフェーズで、2021年から2025年が、これらのツールを使って脳の研究をするフェーズになっている。研究の重点領域としては、

  1. 脳を作っている神経細胞にどのような種類があるかを明らかにして、それらの神経細胞の働きを明らかにする。
  2. 神経細胞の繋がりのマップを作り、神経回路を明らかにする。
  3. 脳の全域にわたって、神経細胞や回路の動きを同時に観測できるテクノロジを開発する。
  4. 神経回路の動きに介入するツールを開発し、個々の神経回路の役割を決定する。
  5. 理論とデータ解析ツールの開発、
  6. 人間の脳の研究により、脳疾患の治療に向けた研究を行う。
  7. ほかの分野の知識と合わせて脳の機能を理解する。

であると書かれている。

Brain Initiativeの大雑把な予定と重点研究分野。参加する政府機関は、NIH、DARPA、IARPA、NSF、FDAである

脳は1000億個の神経細胞からなっており、それらの相互接続をおこなうシナプスの数は100兆個もある。GoogleのBrainmapのデータ量はすでに1 Zettaバイトの容量であるという。

神経細胞の接続を調べるためには、脳の組織の極薄のスライスを作り、連続的にプラスチックのテープに貼り付け、そのテープの薄片の断面を調べて行く。昔は顕微鏡を使って人間が見ていたが、現在では61本の電子ビームで並行して測定する電子顕微鏡が作られ、1日に12TBのデータが得られるという。

脳の薄いスライスを作り、それを顕微鏡で観測して、神経細胞の接続状態を調べる

この電子顕微鏡のビーム数を100本以上に増やし、そのマシンを50台設置すれば、年間、320PBのデータが得られる。

100ビームの電子顕微鏡を50台造り、年間320PBのデータを集める

次の図は、たくさんの30μm程度の薄片の観測結果を積み重ねて作った神経細胞のマップである。

30μmの薄片の観測結果を積み上げて作ったマップ

次の図も、同様に薄片の結果を積み重ねて作られた図であるが、1500立方μm(これは1立方mmの1/666,666でしかない)のマップを作るのに2人年かかっている。

1mm3の67万分の1のマップの作成に2人年掛かった

しかし、ヒトゲノム計画が始まったころは、ゲノムの解析には非常に時間が掛かったが、シーケンサが開発され、そして、シーケンサの読み取り速度は急速に向上した。同様の改善が起こることを期待すれば、2025年までに、大脳皮質全部を読み取ることも不可能ではない。

上記の方法は、脳のスライスを作って電子顕微鏡で読み取るのであるが、X線断層撮影で、薄片を作ることなく、次の図のようなイメージが得られている。このようなイメージから、神経細胞の接続マップが自動で作れるようになれば、効率は大幅にアップする。

X線断層撮影で、薄片化することなく、撮影されたイメージの例