宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月20日、2020年度に初飛行予定のH3ロケットについて説明会を開催、現在の開発状況を報告した。H3ロケットは、現行のH-IIA/Bロケットの後継機として開発が進められている新型ロケット。打ち上げコストを現在から半減させ、機体製造や射場整備に要する期間も大幅に短縮することを目指している。

JAXA・H3プロジェクトチームの岡田匡史プロジェクトマネージャ(左)と有田誠サブマネージャ(右)

H3ロケットは現在、1年間の基本設計フェーズを終え、詳細設計フェーズが始まったところ。詳細設計では、各機器の具体的な設計を進め、今年度後半には、H3ロケットに搭載する新型エンジン「LE-9」の燃焼試験もいよいよ開始される。詳細設計には1年半ほどかかり、その後、次の製作・試験フェーズに移行する予定だ。

H3ロケットの開発スケジュール (画像提供:JAXA)

JAXAの岡田匡史・H3プロジェクトマネージャは、「基本設計はH3ロケットに与えられた使命を形にする最初のステップ。1年前はここに立てるかどうか不安もあったが、なんとかここまでやってこれた」と安堵しつつ、「ただ、まだ大きな試験はやっていない。開発の山場はこれからだと思っている」と気を引き締めた。

H3ロケットの全長は約63m、直径は約5.2m。日本のロケットとしては過去最大のサイズとなる。現行、日本の大型ロケットはH-IIA(202型/204型)とH-IIBに分かれているが、これをH3では一本化。第1段エンジン(LE-9)の基数と、固体ロケットブースタ(SRB-3)の本数を変えることで、H-IIA/Bの打ち上げ能力をフルにカバーする。

H-IIA/Bから大型化。ブースタなしでも打ち上げることができる (画像提供:JAXA)

最大の特徴は、ブースタなしの形態(「シングルスティック」と呼ばれる)が用意されていること。これはHシリーズとしては初めてのことで、最も"H3ロケットらしい"姿と言えるかもしれない。ブースタなしでも機体を持ち上げられるよう、LE-9エンジンの推力は150トンと、従来のLE-7Aエンジンから3割以上アップしている。

シングルスティック(H3-30)の打ち上げ能力は、太陽同期軌道(高度500km)で4トン以上。主に地球観測衛星の打ち上げに使われ、H3ロケットの打ち上げでは「3分の1強」(岡田プロマネ)がこの形態になると予想されている。ブースタがないため最も低コストで、価格は約50億円程度と、H-IIAの半分に抑えることが可能だ。

商業打ち上げで中心となるのは静止衛星。需要のトレンドは2.5~6.5トンが中心になると予測されており、これはブースタ2本の「H3-22」(エンジン2基)と「H3-32」(エンジン3基)、ブースタ4本の「H3-24」(エンジン2基)で対応する。「売れ筋はH3-24」(岡田プロマネ)とのことで、割合としてはこれも3分の1強になる見込みだという。

H3のバリエーション。型番は、1桁目がLE-9の数(2/3)、2桁目がSRB-3の数(0/2/4)、3桁目がフェアリングのサイズ(S/L)となる (画像提供:JAXA)

まだ詳細設計が始まったばかりのため、打ち上げ能力の数値は決まっていないが、最大スペックのH3-24の場合、静止トランスファー軌道に6.5トン以上を目指しており、「7トンに手が届くかどうかという感じ」(岡田プロマネ)だという。コストについても気になるところだが、三菱重工業の販売戦略に関わる部分でもあり、明言は避けた。

なお、当初はブースタ4本でエンジン3基の"H3-34"のような形態も検討されていたが、打ち上げ能力がH3-24からほとんど増えないということで、バリエーションからは削除された模様だ。

技術的に、ロケットの開発で難しいのはエンジンの開発である。H3の第1段エンジンは新型のLE-9であり、スケジュールどおりロケットの開発が進むかどうかは、LE-9次第といっても過言ではない。たとえば、全段国産化を目指したH-IIロケットでは、第1段のLE-7エンジンの開発が難航したため、計画が大幅に遅れたという例がある。

LE-9ではエンジンサイクルを変更。爆発のような破壊的な現象が起きにくい「エキスパンダブリード」を採用した (画像提供:JAXA)

LE-9では、開発リスクを低減させるため、「高信頼性開発手法」を適用した。従来は、実際に燃焼させてみて初めてわかることが多かった。しかし、これだとどうしても大きな手戻りが発生してしまうので、新手法では、要素試験などを活用しつつ、起こりそうな問題を1つひとつ潰しておき、燃焼試験前に大きなリスクを全て排除しておくという。

この高信頼性開発手法の効果がどうだったのかは、今後、実際に燃焼試験を行ってみて明らかになるだろう。昨年度までに、すでに燃焼器単体とターボポンプ単体での試験は実施しており、今年度後半には、この2つを統合した実機型エンジンによる燃焼試験が種子島宇宙センターで実施される予定だ。

またH3ロケットでは、サービス面での向上も図られている。従来は、打ち上げ間隔は2カ月、組み立て作業は1カ月で、注文してから打ち上げるまで2年必要であったが、H3ではそれぞれ約半分に短縮。打ち上げ時期の希望に柔軟に対応できるようになる。機体はライン生産化、モジュール化を進め、年間6機の製造が可能。

年間6機の打ち上げが目標。半分程度は商業打ち上げで受注する必要がある (画像提供:JAXA)

射場は引き続き種子島宇宙センターを利用する。可能な限り、既存の設備を利用してコストを抑える方針だが、移動発射台(ML)、移動発射台運搬車、発射管制棟は新設となる。

射場設備の変更点。多くの設備は改修/流用で、赤枠の部分のみ新設だ (画像提供:JAXA)

ブースタなしのシングルスティックの場合、推力がゆっくりと立ち上がるため、フラフラと上昇しないように、ある程度の推力になるまで、機体をMLに固定する仕組みが必要になる。新型のMLにはこの機能が追加されるほか、上部デッキを平らにして、打ち上げ後の補修作業を不要にする。

従来のMLはロケットが上に乗るような形だったが、新型MLはロケットが突き刺さったような形になる (画像提供:JAXA)

打ち上げには、現在H-IIB用となっている第2射点を改修して利用する。H3ロケットの初打ち上げ後も、3年程度はH-IIAを併用する予定になっており、この期間中、H-IIAは今までどおり、第1射点から打ち上げられる。H3ロケットが安定して運用できるようになってから、H-IIAは廃止される見通しだ。

試験機はH-IIAと同じく2機打ち上げる計画。1号機の打ち上げは2020年度で、先進レーダー衛星(だいち2号後継機)を搭載する予定だ。2号機の打ち上げは翌年の2021年度になり、こちらは次期技術試験衛星(ETS-IX)を搭載する予定になっている。