造形編
4. 画面だけで判断すると…
画面では大きく見えるのに、実際プリントしてみたら「なんて小さいんだ…肉厚がこんなに薄いなんて…」と嘆く声をよく耳にします。3Dプリンタは万能の箱ではありません。あくまで製造用のツールの1つです。そのため、他のツールと同様に、設計スキルが重要となります。
もちろん今まで設計したことなんてないけど、3Dプリンタだったら簡単に作れそうだからいろいろ試してみたいという人も多くいると思います。そういった設計初心者の方にただ1つだけ伝えられるとしたら、「造形する前にまずは身近なものをノギスやメジャーで測ってみてください」ということです。
とりあえずその辺にある薄いメモ用紙を測ってみたところ、厚さは0.12mmです。
髪の毛の太さを測ると0.08mmでした。
もし造形しようと思っているものに厚みが0.1mmの個所があったとしたらそれは髪の毛や紙とあまり変わらないほど薄かったり細かったりするということです。
ですが、画面で見るとそのスケールがいまいちつかめない場合が多く、トラブルの元となってしまうことがあります。
上の画像は色々な箇所が非常に細かくなっていますが、CADでは拡大して見ることが可能なため、大きく見えてしまいます。そのため、初心者の方は画面からの見え方で造形可否の判断をしてしまいがちです。
設計初心者の方は、画面の中にあるモデルではなく、それが実物になったらどれぐらいの大きさになるか、身近なものを測るなどして常にサイズ感覚を養っていくことが必要です。そうすれば、いざモデルが届いたときにこんなはずじゃなかったということは減っていくでしょう。
5. 3Dプリンティングは製造方法の1つにすぎない
「フィギュアを立たせたいでもモデルの重心は絶対に立たない位置にある」。「大きなパーツを細いパーツで支えたいでも変形や破損はしてほしくない。」
3Dプリントサービスを利用される方にはそういった物理的に有り得ないことを要求される方が稀にいますが、切削や射出成型で物を作った時に成立しないことは3Dプリンタでも成立しません。
むしろ3Dプリンタで作られたものはみなさんが日ごろ目にする切削品や射出成型品、プレス品などに比べて強度が低い場合が多いのです。なので射出成型で作っても簡単に破損してしまうモデルを3Dプリンタで作った場合はまず間違いなく破損してしまいます。
もちろん今後も3Dプリンタの性能はどんどん上がっていき、現在の製造方式に劣らぬ精度や強度の造形物を作ることが、将来的には可能になるかもしれません。
しかし、射出成型や切削と同じ材料を使っている限り、強度は製造方法よりも材料に依存してしまいます。よって強度が最大化された場合でも現在の製造方式と同等と考えておくべきでしょう。
筆者の考える3Dプリンタの最大の利点は造形物の物性ではなく「必要数量が少量の場合に比較的安価に早く物を作れる」という点にあります。
- 在庫のリスクを取りたくないから受注生産で需要を確認してみよう。
- クライアントから形状をなるべく早く確認したいと言われている。強度は問わないからとにかく早くなるべく安価にモックアップを作成したい。
- いい製品が設計出来たと思うけど、確証はない。テストマーケティング用として3Dプリント品を使ってみよう。
といったケースが最も3Dプリンタを利用するに適したシチュエーションだと思います。
万能な装置ではなく利用用途に合わせた製造用の装置の1つとして捉え、条件に合わなければ他の製造方法を考えるというのが重要です。
6. 変形する理由はさまざま
3Dプリントをサービスビューローに注文し、楽しみにしていた造形品がいざ届いたときに、「これ変形してるじゃないか?」とがっかりされた方はたくさんいるのではないかと思います。実は変形はとても回避し辛いトラブルです。また、素材ごとに変形する理由が異なる為、その対処方法も同様に異なります。以下に特定の造形方式ごとに変形する理由を記載します。
・FDMが変形する理由
FDMは熱で溶かした樹脂を一層ずつ積み上げる方式の為、造形物の形状によって温度分布が異なります。業務用のFDMは造形エリアに恒温槽と呼ばれる温度を一定に保つ装置が備わっている為、熱変形を最小限に抑えられるものが多いですが、パーソナルユースのものは造形材料によってはよく変形します。
・SLSが変形する理由
SLSは材料となるパウダーをレーザーで焼結する方式ですが、レーザーで固めるので材料に熱が加わります。多くのSLS方式のプリンタには恒温槽と呼ばれる温度を一定に保つ装置が備わっていますが、それでも形状によって温度分布が異なってしまうため、熱によって変形する場合があります。特に薄くて大きなリブなどを持たない造形物はよく変形します。
・インクジェットが変形する理由
インクジェット方式の場合、どんな材料であっても造形物のアンダー部分を埋め尽くすようにサポート材が付きます。サポートは熱、水、溶剤などさまざまな方法で除去しますが、その除去の際に変形するリスクを伴います。
熱でサポートを溶かすものに関しては造形物が薄い場合は反りが発生する可能性が高く、モデルが水や溶剤でサポートを除去する場合は水や溶剤を吸い込み変形する場合があります。いずれにせよ薄いものは変形しやすいです。
・DMLSが変形する理由
SLSの金属版です。金属粉末をレーザーで焼結させる為、熱変形もありますがそれよりも大きな問題は自重による変形とサポート除去による変形です。
樹脂用のSLSの場合、造形材料のパウダー自体がサポートの役目を果たしますが、金属造形物は重量がある為、パウダーでは支えられません。代わりに造形物と同様の金属の柱でモデルを支えますが、その柱を除去するのに多大な労力が必要です。
肉厚が薄いものや形状が複雑なものはその金属柱をワイヤー放電加工機などで除去している最中に変形してしまいます。そういった加工による変形を嫌い、金属柱を減らすと今度は金属の自重で変形します。金属造形は制約が非常に多いということを認識しておきましょう。
著者紹介:川岸孝輔(かわぎし こうすけ)
株式会社DMM.com 3Dプリント部門サービスマネージャー
前職は星野楽器株式会社で約9年間にわたって製品企画から外装設計、電子回路設計にコーディングとマルチエンジニアとして働き、複数の製品を世に送り出した。