2016年6月28日、ルネサス エレクトロニクスに新たな代表取締役社長兼CEOとして呉文精氏が就任した。日本興業銀行(現 みずほ銀行)やGEキャピタル・ジャパンを経て、カルソニックカンセイのCEOや日本電産の副社長など、製造業の経営経験を有する同氏に話を聞いた。
--就任会見では、「半導体の素人」という言葉を繰り返し強調してきた。その意味するところは?
呉CEO(以下、敬称略):CEOとして求められたのは経営としての能力。半導体の製品1つひとつについての個別の特色や性能については、社内に詳しい人間がいるし、そこまでマネジメントをするつもりはない。
--作田氏から続けてきたような取り組みは今後も進めていくのか?
呉:1つ間違えれば破綻の危険があった変革プランの時代は、ああいった取り組みが必要だった。しかし、今託されているのは、そうした固定費の削減などではない。過去の延長ではなく、あの勢いのある変革の中で、品質と生産性を維持してきたことは素晴らしいと思っており、ここから先はそれを生かした成長という方向性に舵を切ることになる。
--会見では開発費を絶対金額で確保すると言っていたが、具体的な売り上げ目標などはでなかった。その意図とは?
呉:数値に関してはまだこれから決めていく、という状況。ただし、開発費を継続して捻出していくためには必要な売り上げ規模というものがある。そのための利益率15%であり、それを達成していくために必要なのは、どこで戦っていくか、という点となる。
すでに6~7割方、注力する分野は決まっている。ただし、開発費をかけて、その分野だけで収益を改修できるのか、といえば、そういうわけではないため、次の世代を新興国に向けて展開する、といったことまで考えて開発を進めていく。
--生産戦略に変更はないのか?
呉:今後戦っていく上で、従来の信頼性レベルをさらに向上させる必要がある。そのために、IoTを活用した工場へと那珂工場が変貌しつつある。今はまだ端緒に就いたばかりで、インダストリアル4.0のようなスマート工場を実現したいと思っているが、それは先の話となる。
もともと工程内不良が多いわけではない。どちらかといえば、こうした取り組みを付加価値として顧客に提供できるか否か、ということになってくる。我々はファウンドリではない。だからこそ、そうしたIoTの活用により、ユーザーの痛みや苦しみを見つけて、それを解決することができる半導体を開発・製造することが経営に対するインパクトにつながると思っている。そうした意味では、製造を外部に委託するとしても、作り方がわからないものを出すと、コントロールが効かなくなるので、技術そのものは持ち続ける必要は感じており、その点は重視していく。
成長に向けた開発費を増やすほか、今まで抑えていた設備投資も、どこで勝負するのか、ということをはっきりとさせたうえで行っていく。
--成長戦略としては、どのようなことを考えているのか?
呉:今、ルネサスが成長するうえで足りないものの一番は意欲。就任会見でも述べたが、成長のためのピースはすべて揃っている。これから勝つために必要なリソースも資金も投入していくことでリスクをとりつつ、そうした意欲を高めていくしかない。
具体的にはコミュニケーションを社内でとっていくしかないし、それは効率的にできるものではない。同じ目線に立って、地道に進めていく。また、目標を達成することよりも、高い目標を掲げることを評価する。そういう会社になりたいし、それが自分たちが戦うセグメントでナンバーワンになる、という気概を持つ会社へと変化するために必要なことだと思っている。
だからこそ、あえて意欲的な目標を掲げる、ということをやっていきたい。ただし、何でもよいから掲げてチャレンジします、というのは良くない。
--同じ目線に立ってと、今お話されましたが、どこまでの社員と同じ目線に立つのでしょう? かなりの数の社員がいます。1人ひとりと話をしていると、膨大な時間が必要になると思いますが?
呉:GEでは改革促進プログラム(Change Acceleration Program:CAP)という組織や仕事を変えていくための取り組みが存在している。そういったものを活用しつつ、当たり前のことを徹底的にやっていく。すべての場面を通じて、1つの基本的なシンプルでクリアなメッセージを何度も伝えていくしかないと思っている。
インタビューを終えて
率直に言って、自身の役割は経営、という割り切った物言いなど、経営のプロとしてこれからルネサスのトップ、つまり日本の主たるロジックベンダとして世界で戦っていく、という強い意気込みを持つ人物、という印象を受けた。筆者としても、ルネサスを成長という方向に向き直すための変革をもたらすリーダーシップを期待できるのではないか、という思いに至るインタビューであった。実際、呉氏の社長就任会見時に同席した同代表取締役会長の鶴丸哲哉氏(同日付で就任)の表情からは、苦難の道のりであったであろうこの数年間に比べて、これで大丈夫、やっと肩の荷が降りた、といったような安堵にも似た印象を受けた。同社は今年の秋には定性的な成長戦略を出したいとしており、日本半導体の復活に向け、その内容に期待したいところだ。