東京大学(東大)は4月26日、原始的な多細胞生物である緑藻の「群体性ボルボックス目」の1種で、単細胞生物と多細胞生物の中間段階的な特徴を持つ「ゴニウム」の全ゲノム解読を実施し、多細胞化の初期段階のカギとなる遺伝子群を発見したと発表した。
成果は、東大大学院理学系研究科 生物科学専攻の野崎久義 准教授らと国立遺伝学研究所、アリゾナ大学、カンザス州立大学などの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月22日付けで「Nature Communications」に掲載された。
ヒトは複数の細胞からなる多細胞生物だが、そうした多細胞生物も元をたどれば、単細胞生物から始まり、単細胞生物が集合して一致団結して協力することを覚えた「多細胞化」により誕生したと考えられている。しかし、現在の多細胞生物の起源は今から数億年以上の昔であり、これらの生物に近縁でいて、単細胞段階と多細胞段階を結びつけるような生物はもはや存在しておらず、その初期段階の原因となる遺伝子に関してはよく分かっていなかった。
緑藻の群体性ボルボックス目は、祖先種に相当する単細胞の「クラミドモナス」から、500以上の細胞が小さな非生殖細胞と大きな生殖細胞に役割分担して複雑な多細胞体となっているという最も進化したボルボックスに至るまで、さまざまな細胞数の多細胞生物が存在する。なお、クラミドモナスとボルボックスの中間段階としては、野崎准教授らがかつて発見した細胞数が4個の世界最小の多細胞生物「シアワセモ」や、細胞数8および16個のゴニウムなど、細胞が4、8、16、32個からなる生物が現存している(画像1)。
群体性ボルボックス目ではクラミドモナスとボルボックスの全ゲノム情報が2010年に比較解析されており、多細胞化に関連する遺伝子群が推測されていた。しかし、両者の中間的な進化段階のボルボックス目のゲノム解析がなされていなかったことから、共同研究チームは今回、単細胞生物から多細胞生物への転換の原因をゲノム情報から解明する目的で、シアワセモよりは細胞数が多いがボルボックスのように各細胞の役割が決まっているわけではなく、「単細胞生物ではないが完全な多細胞生物でもない」という中間的な特徴を持ち、今から約2億年前に出現したと考えられているゴニウムに注目して、全ゲノムの解析を行ったという。
ゴニウムとクラミドモナス、ボルボックスのゲノムを比較解析を実施した結果、生物界に広く存在し、ヒトではがんを抑制し、細胞周期の調節を行う(その一方でヒトの眼球内に発生する悪性腫瘍である「網膜芽細胞腫」の原因となる)「RB(Retinoblastoma Gene)遺伝子」と、そのRB遺伝子を制御しているたんぱく質「CycD1(Cyclin D1)遺伝子」が多細胞化の原因であることを突き止めたという。
また、ボルボックスのゲノムに見られる多細胞体の増大や細胞の役割分担をもたらす遺伝子の増加はゴニウムでは認められなかったという。つまり、「多細胞化」においてはまず細胞周期を調節する遺伝子群が進化し、その後に多細胞体の増大や細胞の役割分担に関連する遺伝子が増加・進化したことが推測されたと研究チームでは説明している。
なお研究チームでは今後、シアワセモのほか、より進化段階が高いパンドリナやヤマギシエラなど、ボルボックスに近い群体性ボルボックス目の全生物の全ゲノム情報を明らかにしていくことで、単細胞生物から複雑な多細胞生物への進化の過程を、遺伝子レベルで解明する研究の進展が期待されるとコメントしている。