文部科学省は、科学研究費助成事業(科研費)の改革の一環として、2018年度助成より、新たな審査区分および審査方式の導入を中心とした抜本的な見直し「科研費審査システム改革2018」を実施する。これを受けて同省および日本学術振興会は4月26日、東京大学 安田講堂にて、研究者などを対象に説明会を開催した。

科研費は、『平成28年度科学研究費助成事業 -科研費- 公募要領』によると「人文学、社会科学から自然科学まですべての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる『学術研究』(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする『競争的資金』であり、ピア・レビュー(専門分野の近い複数の研究者による審査)により、豊かな社会発展の基盤となる独創的・先駆的な研究に対する助成を行うもの」で、基盤研究の支援を行う「基盤研究」、若手研究者の自立支援を行う「若手研究」など、規模・様態に応じてさまざまな研究種目が設定されている。

科研費の研究種目 (出典:「科研費審査システム改革2018」パンフレット)

科研費の予算規模は現在、約2300億円。これまで科研費の規模は年々拡充されてきたが、近年の厳しい財政事情のもと、頭打ちの傾向にある。一方で、科研費への応募件数は増えつつあり、2015年度には約10万件に達した。このうち採択された件数は2.6万件、採択率は約27%となっている。

現在の審査区分および審査方式の問題点とは

日本学術振興会 学術システム研究センター主任研究員 山本智氏

現在、基盤研究などの研究種目では、「系・分野・分科・細目表」(細目表)に基づいた区分ごとに、書面審査および合議審査の二段階の審査が行われている。採択目安件数はこの細目単位ごとにそれぞれ設定されるが、日本学術振興会 学術システム研究センター主任研究員 山本智氏は、「専門性を重視するあまり、区分が細かくなりすぎている。また、いったん新たな細目が作られると、同じ採択目安件数が割り当てられてしまい、既得権益化してしまう」と現行の制度の問題点を指摘する。

実際に、1989年には199だった細目数は2015年度現在で321にまで増加。基盤研究B、Cの審査においては、「キーワード」によってここからさらに区分が細分化されている。「審査区分を独立させることは、審査が行いやすくなる一方で、異なるものを排除する効果、審査を"貧しく"する効果があるのでは」(山本氏)

また3月17日付けの日本学術振興会による報告書においては、細目表の区分が、学術の分類を示すものであるかのように一部で誤解されていることも、現行の審査区分の問題点としてあげられている。

現行の基盤研究等の審査に関する流れ (出典:「科研費審査システム改革2018」パンフレット)

平成28年度の「系・分野・分科・細目表」より人文社会系を抜粋

新たな審査区分・審査方式

そこで今回の改革においては、現行の細目表を廃止。新たな審査区分表が作成される。またこれに伴い、研究種目に応じた審査方式の見直しも行われる。改革の骨子は下記のとおり。

今回の改革の骨子

まず、審査区分について詳細に見ていこう。新たな審査区分表は、「小区分」「中区分」「大区分」からなっている。

小区分は、基盤研究(B、C)、若手研究(B)などの審査区分として304の区分が設定されている。学術を分類するものではないことを示すため番号で表記されており、説明は「○○関連」とすることで応募者の選択の自由度を確保している。なお、応募件数が多い小区分では、従来のキーワードによる分割ではなく、複数の審査グループを設け、応募研究課題をランダムに振り分ける「機械分割」が行われる。

中区分は、基盤研究(A)、若手研究(A)の審査区分としていくつかの小区分を集めた65の区分が設定されている。応募数は20以上60以下を目安としており、応募数が多い場合は小区分同様に機械分割が行われる。さらにこの中区分を束ねる形で、基盤研究(S)の審査区分として11の大区分が設定されている。

なお、小区分のなかには、複数の中区分や大区分に表れているものがある。また、中区分「人間医工学およびその関連分野」については2つの大区分に重複している。応募者は、審査区分表を参照しつつ、自らの応募研究課題に最もふさわしいと思われるものを選択することになる。

新たな審査区分表の大区分A

次に審査方式についてだが、小区分では「二段階書面審査」により採否が決定される。一段階目では、すべての応募研究課題が審査され、この結果に基づき、ボーダーライン付近となった研究課題を中心に、同一の審査員が改めて二段階目の評点を付す。この際、審査員はほかの審査委員の評価を踏まえ、自身の評価結果を再検討することができる。このような流れにすることで、従来の合議審査が実施されなくなるため、審査の効率化が期待できるという。

「二段階書面審査」の導入

現行の制度では合議審査による二段階審査が行われていた。書面審査と合議審査の委員は別

また、中区分および大区分では、「総合審査」方式を採用。審査委員全員が書面審査を行ったうえで、さらに幅広い視点から合議により審査を行う。なお、大区分においては、専門性に配慮するため、専門分野に近い研究者が作成する「審査意見書」が活用される予定。これにより、提案内容を多角的に見極められるようになることが期待される。

「総合審査」の導入

以上の審査システムは、2018年度(平成30年度)科研費(2017年9月に公募予定)より適用される。山本氏は今回の改革について「まったく新しい制度というわけではなく、優れた研究を選び出すという科研費の本来果たすべき役割に戻ろうというもの」であると説明している。

研究者の自由な発想を支える科研費

文部科学省 研究振興局長 小松弥生氏

文部科学省 研究振興局長 小松弥生氏は同説明会において、「2015年の日本人研究者2名のノーベル賞受賞や理化学研究所による113番元素の発見は、長い時間を掛けた学術研究の賜物。こういった、すぐには成果が出ないが、長い目でやっていかなければならないような研究は、昨今の日本の経済情勢の中では難しくなってきている」と、基礎研究分野での研究資金獲得に対する近年の厳しい状況について触れた。しかしその一方で、今年1月22日に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」のなかでは、研究者の内在的動機に基づく学術研究がイノベーションの源泉と位置づけられ、その推進が主要な項目に掲げられている。

小松氏は、この学術研究の根幹を成している仕組みのひとつが科研費であるとしたうえで、「昨今話題となっている人工知能のような研究分野では、情報関係の方だけではなく、人文社会系の知見を含めたさまざまな知を総動員して開発をしていかなければ良いものは生まれない。こういった分野はほかにも多く出てきており、これらの研究を、イノベーションを担っていく学術へと変えていくためにも今回の改革は必要である」と今回の改革の重要性を述べている。

大学・研究機関での活動を支える基盤的経費が、国の歳出改革により年々削減されており、研究者の自由な発想を支える研究費として科研費の役割は大きくなりつつある。同説明会が行われた東京大学・安田講堂には全国から多くの研究者が集まっており、関心の高さがうかがえた。

改革案の内容については現在、各界からの意見募集(パブリックコメント)が行われており、文科省はここに寄せられた意見を参考にさらに審議を深め、本年中に最終的な成案を目指していくとしている。意見はWeb上にて提出可能。5月21日までの受付となっている。