理化学研究所(理研)、埼玉大学、日本医療研究開発機構は3月22日、微弱な電気刺激がマウスの脳機能に及ぼす影響とその作用メカニズムを明らかにしたと発表した。
同成果は、理研 脳科学総合研究センター 神経グリア回路研究チーム 毛内拡研究員、平瀬肇チームリーダーらの研究グループによるもので、3月22日付けの英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。
頭皮の上から微弱な直流電流を流し頭蓋骨を介して脳を刺激する「経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)」が、ヒトのうつ症状の改善や運動機能障害のリハビリテーション、記憶力の向上などに有効であることが知られている。しかし、その詳しい作用メカニズムはこれまで解明されていなかった。一方で、電気生理学的手法を用いた動物実験の結果からは、tDCSが大脳皮質の神経回路のシナプス伝達を増強すると断片的に報告されている。
理研の神経グリア回路研究チームはこれまでに、脳を構成するグリア細胞の1種である「アストロサイト」のカルシウム活動によってシナプス伝達の増強が引き起こされることに注目してきた。アストロサイトは、神経細胞(ニューロン)とは異なり電気的応答が微弱であるため、脳波記録などの電気生理学的手法ではその活動を捉えることは困難である一方、細胞内カルシウム濃度をダイナミックに変動させることが知られている。
そこで今回、同研究グループは、アストロサイトとニューロンの細胞内カルシウム動態をリアルタイムで観測できる遺伝子改変マウスを作製し、tDCS前後の大脳皮質のカルシウム動態を計測した。
この結果、tDCSによって大脳皮質におけるアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が一過的に著しく上昇することを発見。さらに、tDCS後に視覚刺激などの感覚刺激に対するニューロンの応答が大きくなることから、シナプス伝達の増強が起こることを見出した。一方、アストロサイトのカルシウム応答を抑制した遺伝子改変マウスでは、tDCSによる感覚刺激に対する応答は増強しなかったという。
次に、同研究グループは、tDCSがアストロサイトのカルシウム応答を引き起こす要因のひとつとして神経伝達物質の1種「ノルアドレナリン」に着目。薬理学的手法を用いてこれを検証した結果、「α1アドレナリン受容体(A1AR)」の働きを阻害する「プラゾシン」を投与した場合、tDCSによるアストロサイトのカルシウム応答が消失することがわかった。
また、tDCSがシナプス伝達の変化にもたらす効果を調べるために、さまざまな感覚刺激によって誘発される脳波の応答の比較を行ったところ、tDCSを行なったマウスでは、60分間で脳波応答の大きさが平均約35%増大し、シナプス伝達が増強することがわかった。さらに、アストロサイトのカルシウム応答を消失させた遺伝子改変マウスを用いた実験を行ったところ、tDCS前後で脳波応答の増強は起こらなかった。さらに、ノルアドレナリン作動性ニューロンを神経毒により損失させると、脳波応答の増強が起こらないことがわかった。
以上の結果により、「tDCSによりノルアドレナリンが放出され、それがアストロサイトのα1アドレナリン受容体に作用することでアストロサイトの細胞内カルシウム濃度を上昇させ、その結果、シナプス伝達の増強を起こしやすくなる」というtDCSの作用メカニズムが明らかになったといえる。
今回の成果について同研究グループは、うつ病などの精神疾患におけるアストロサイトを標的とした治療法や創薬につながることが期待できるとしている。