『売らずに売る技術 ―高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密』(小山田裕哉著、集英社、1,700円+税)

集英社は1月25日、フリーライター小山田裕哉氏執筆による『売らずに売る技術 ―高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密』(1,700円+税)の刊行を記念して、東京代官山の蔦屋書店でスペシャルトークショー「【代官山ビジネススタイルカレッジ】~レクサスと考える、日本発ブランドビジネスのゆくえ~」を開催した。

この本では、世界各国のラグジュアリーブランドの「ブランド」戦略を最新の事例を多数集め分析し、紹介している。

トークショーに参加したのは小山田氏のほか、Lexus International レクサスブランドマネジメント部 部長 高田敦史氏とNewsPicks 編集長 佐々木紀彦氏の3名だ。

トークショーの様子

そもそも「売らずに売る技術」とは

そもそも、本のタイトルにもなっている「売らずに売る技術」とは、何なのだろうか? 小山田氏はそれは「ブランド」だと本の中で指摘している。そして、その理由を次のように記述している。

フリーライター小山田裕哉氏

「企業が必死にブランドのイメージを高める広告を作り、多額の予算をつかってメディアに掲載してもらっても、ユーザーは広告よりもソーシャルメディアから流れてくる友人の口コミを重視しています。(中略)では、新しい消費者と向き合っていくうえで、カギになるものは何か。私はそれが『ブランド』であると思います。(中略)ブランドによって消費者との絆が生まれれば、商品に特別な意味が与えられ、新機能や安売りに頼らなくても、ほかの商品との差別化が実現できるようになります。つまり、絆を感じ、そのブランドのファンになった人にとっては、そのブランドの商品は『特別なもの』であり、容易に『ほかの商品では替えられない価値』を抱くようになるのです。」(本書より引用)

そしてトークイベントでは、本の中でも紹介されているトヨタレクサスのブランディング戦略を例として、今後日本のブランドが世界で戦っていくためのヒントを探っていった。

レクサスはなぜブランド戦略を変更したのか?

レクサスは、1989年より米国内での展開が開始されたトヨタ自動車の高級ブランドで、当初は海外専用ブランドだったが、2005年からは国内での販売も開始された。

Lexus International レクサスブランドマネジメント部 部長 高田敦史氏

高田敦史氏が所属するLexus Internationalは、2012年に設立されたレクサスのためのトヨタの社内カンパニーだ。レクサスブランドマネジメント部は、それまで各国でバラバラに行っていたマーケティング活動を、グローバルで統合的に行う部署だという。

高田氏によれば、レクサスは2012年から第2チャプターに入り、それまでセダンを中心とした「快適で静か」をうたっていたラインナップに、高性能なスポーツカータイプやSUVを追加したという。それに合わせブランディング戦略も変更し、顧客の期待を超える驚きと感動を提供し続けるというビジョンを「AMAZING IN MOTION」というスローガンに込めて展開している。

2013年のレクサスのラインナップ

そして同社は、車がほとんど出てこないCM(下記の動画)や、車を置いていないショールーム&カフェレストンの展開など、一見すると売上増につながらないようなマーケティング活動を開始した。


その背景を高田氏は次のように説明する。

「1989年に販売を開始したレクサスは、徹底的に品質が高いものをつくり、プレミアムなブランドとして展開し成功しましたが、2000年前半からユーザーが高齢化し、若い人に受け入れられないブランドになっていました。その対応を始めたのが2012年からです。これには、販売面での危機感もありましたが、社長がレクサスブランドを1段上に上げていくためには、いいものを作っているだけではなく、戦略的なブランド展開が必要だといったことも影響しています」(高田氏)

では、なぜぞれが車がほとんど出てこないCMや、車を置いていないショールーム&カフェレストンの展開になるのか? それには次のような理由があったのだという。

「最初のレクサスは『完璧さ』を求めていましたが、それだけでは限界があり、人々の左脳スイッチを切ることはできません。『AMAZING IN MOTION』は『いつも驚きを』という意味ですが、そういう部分はそれまで(2013年より前)のレクサスにはなかったと思います。レクサスの強みはトヨタ車を超えるスーパークオリティと販売店でのおもてなしサービスですが、これと『驚き』の両方をお客様に伝えることは難しいと思いました。そこで当面は驚きだけを伝える、レクサスの世界感を伝えることに集中しようと思いました。これまでは、エンジニアが作ってくれた『いい車』に頼りっきりでしたので、ここでマーケッターとしての物語を付加していくことにしました」(高田氏)

日本でブランディングが定着しないのはなぜか?

では、こういったブランディングを日本企業はなぜできないのだろうか?

これについて高田氏は、「マーケッターがいつも戦うのは営業や経理です。営業部門は、『そのマーケティングをやれば何台売れるんですか?』という問いを投げかけますが、われわれマーケッターはそれに対し明快に答えられません。答えられないと認めないといけないですし、最後は負けてしまいます。だから、勝負しないようにしないといけないのだと思います」述べ、小山田氏も「やはり、それを答えなくでもいい環境をつくらないと、ブランドは作れないと思います。ただ、こういったことは日本の企業風土と相容れないものがあり、それが日本で世界的なブランドが育たない1つの原因だと思います。日本がブランディングというものをそもそも認めていないという印象があるのは、ブランディングはお題目みたいなもので、『余裕があったらやるよ』という考えが根っこにあるんじゃないかと思います」と続けた。

また、佐々木氏はブランディングを行う上でベースとなる「理念」について触れ、「米国は世界をリードしていくという考えがあるので、まずは理念から入ります。一方日本は、理念より前に『とにかく作ってみよう』という感じでやるので、理念が必要なかったのだと思います。ただ、グローバル化していく中では、無理にでも理念をつくらざるを得ない時期に来ていると思います」と指摘した。

ブランディングについて語る高田氏(左)とNewsPicks 編集長 佐々木紀彦氏(右)

そして最後に小山田氏は、企業がブランディングする上でのヒントとして、次のようにアドバイスした。

「ブランディングは、シャネルやステーブジョブスのように人が体現するのが一番いいと思います。一人の人間の哲学が会社全体を覆っていて、製品にもしっかり反映されているのは強いと思います。でも、そうじゃない方法もあると思います。それは、ブランドのすべてを尽くしてフラグシップをつくることだと思います。日本企業は、売れ線モデルで海外で勝負しようとしますが、未開の地に出ていくのであれば、利益はさておき、『このブランドはすごい』という印象をつくらないといけないと思います。下から積み上げていくものだと、どこでも手に入るものだという印象を受け、そのあとで『余裕が出てきたから高級品もやってみよう』というのはすごく難しい。『ここまでやるなんてすごい』と思わせることで、ブンランド全体の価値が上がり、それによってメインの商品が売れる。そのためにも、ほかの人が真似できないフラグシップが必要だと思います」(小山田氏)