米国の宇宙開発企業「スペースX」は12月21日(現地時間)、人工衛星を打ち上げた「ファルコン9」ロケットの第1段機体を、打ち上げ場所のすぐ近くに、垂直に着陸させる試験に成功した。これまでSFの中では何度も描かれてきた光景が、歴史上初めて、現実のものになった。
本稿では、この成功の意義と、これまでの挑戦の歴史、そしてスペースXの狙いとは何かについて解説する。
人工衛星を打ち上げたロケットが帰ってきた
人工衛星を打ち上げたロケットが地上に帰ってくる―それは長い間、夢物語だった。多くのロケットは打ち上げごとに使い捨てているが、ロケットが地上に帰ってくることができれば、整備し、推進剤を補給すれば再度飛ばすことができる。
そんな飛行機のように運用できるロケットが実現できれば、宇宙飛行にかかるコストが大幅に削減できると言われていた。だが、技術的な困難さから、世界中の宇宙機関が半ば諦めた構想でもあった。
しかしスペースXは「打ち上げコストを従来の100分の1にする」という目標を掲げ、その困難に果敢に挑み、そして実験と試験を着実に進め、わずか4年ほどで着陸まで成し遂げた。
スペースXは、ロケットの回収と再使用を行うという構想を2011年に明らかにした。そんなことが本当にできるのかと、当時は多くの人が訝しんだものだった。だが、そんな大方の見方をよそに、同社は動き始めたのだった。
着実に進められた試験
まず同社は2012年に、ファルコン9の初期型の機体を流用した「グラスホッパー」いう実験機を開発し、地上から垂直に上昇し、上空で横移動したりしつつ、地上に垂直に降り立つという飛行試験を繰り返し行った。2014年からはファルコン9のv1.1と呼ばれる改良型の機体を流用した「F9R-Dev」を開発、グラスホッパーの跡をついで試験を繰り返した。
さらにそれと並行し、2013年9月29日から、衛星を打ち上げたあとの第1段機体を太平洋上に着水させる試験が始まった。この最初の試験では、着陸のためのエンジンの再点火には成功したが、その後スピン状態に陥りエンジンが停止し、着水は果たせなかった。
2014年4月18日と7月14日にも大西洋上への着水試験に挑戦、さらに着陸脚も装着された。エンジンの再点火と制御、そして着陸脚の展開にも成功したが、海が荒れていたことから、着水後に機体は破壊された。9月21日にはロケットの問題で着陸脚は装備されなかったが、エンジンの再点火、着水などには成功しており、またNASAの協力で再突入時の機体の挙動や温度変化などが観察された。
その後同社は、ファルコン9の第1段機体が着陸するための広い甲板をもつ無人の船を開発した。甲板はサッカー場とほぼ同じ広さがあり、推進器とGPSを使用した位置制御システムにより、嵐の中でも安定して自分の位置を保ち続けることができる。
そして2015年1月10日、国際宇宙ステーションに物資を運ぶ「ドラゴン」補給船運用5号機の打ち上げで、この船への着陸が試みられた。第1段の分離後、ロケットエンジンに再点火し、高度約80kmから大西洋上に浮かぶ船を目指して下降した。そして第1段機体は甲板上にはたどり着いたが、激突し、着陸そのものは失敗に終わった。
同年2月11日にも船への着陸が試みられたが、このときは天候が悪く断念され、着水に切り替えられた。そして4月14日に実施された試験では、ふたたび甲板上にはたどり着いたものの、着陸直後に機体が倒れて爆発、失敗に終わった。
続く6月28日には3度目となる船への着陸試験に挑む予定だったが、ロケットが打ち上げに失敗したため、実施できなかった。
ファルコン9の第1段機体が着陸するための船 (C) SpaceX |
2015年4月14日に行われた試験の様子。第1段機体は船の真上まではたどり着いたものの、このあと倒れて爆発した。 (C) SpaceX |
2015年12月21日
このあと同社は約半年間をかけ、失敗した箇所の改修を行うと同時に、ロケットの性能向上と、そしてより確実に、安定した着陸を実現するための改良を行った。
この新たなファルコン9の、着陸技術に関する改良点がどのようなものであるかは、今のところ具体的には明らかにされていない。公開されている写真を見る限り、姿勢を制御するための窒素ガスの噴射装置の形と取り付け位置が変わっており、空力フィンも多少形が変わっている。また着陸脚も改良されたといわれている。
さらにロケット機体の改良と並行し、ロケットを船の上ではなく、陸上に降ろすための準備も進められた。同社は今年2月、ファルコン9が打ち上げられるケイプ・カナヴェラル空軍ステーションの第40発射台から10kmほど南に位置する、第13発射台の土地を米空軍から借り受けている。ここはかつて、アトラス・ロケット発射場として使われていた場所であるが、スペースXは「第1着陸場」と新たに名付け、改装した上でロケットの着陸場所として使うことになった。
実際に着陸ができるかどうかは米連邦航空局(FAA)の審査結果待ちだったが、12月に無事に許可が下り、そして12月21日を迎えた。
ケイプ・カナヴェラル空軍ステーションの第13発射台を改修して造られた「第1着陸場」(Landing Zone 1) (C) SpaceX |
着陸のための各種装備と、ロケット全体の性能も向上した新しい「ファルコン9」 (C) SpaceX |
6月の失敗以来初にして、さまざまな改良を施されたファルコン9は、日本時間12月22日10時29分(米東部標準時12月21日20時29分)、米国のフロリダ州にあるケイプ・カナヴェラル空軍ステーションの第40発射台から離昇した。ロケットは順調に飛行し、約15分後から、搭載していた11機の衛星を順次分離し、すべてを所定の軌道に投入した。
その一方で、離昇から2分24秒後に分離された第1段機体は、まず機体を反転させ、逆噴射をかけた。そして今来た航路を戻るように飛び始め、約5分後に大気圏に再突入。ここでもエンジンを噴射して速度の上昇を抑制する。そして突入後は空力フィンと窒素ガスの噴射を使って機体の姿勢を制御しつつ地表に近付いていき、さらにエンジンを噴射しながら、第1着陸場に舞い戻った。
着陸に成功した瞬間、スペースXの管制室は喜びに沸き、宇宙開発のフォーラム・サイトやSNSも賞賛の声で埋め尽くされた。かくして歴史は作られたのであった。
着陸するファルコン9の第1段機体 (C) SpaceX |
その歴史的意義
飛行機のように運用できるロケットを造るという挑戦に挑んだのは、もちろんファルコン9が初めてではない。その夢物語の実現を目指し、これまでに多くの青写真や実験機が生み出されている。
たとえば1990年代には米国防総省やNASAが「DC-X」という実験機で垂直離着陸飛行を実施しており、また今年11月にはスペースXのライヴァルでもあるブルー・オリジンが「ニュー・シェパード」も実施している。日本も「RVT」という実験機を開発した。
ただ、DC-Xの最大到達高度は約3000m、RVTも約40mと、宇宙には到底満たない高度までしか到達していない。
ニュー・シェパードは高度こそ100kmの、一般的に宇宙空間と呼ばれる高さにまでは達したが、ニュー・シェパードは人工衛星を打ち上げるためのロケットではないため、単純に真上に向かって上昇し、そのまま真下に向かって降下しただけである。
一方、ファルコン9は人工衛星を打ち上げるためのロケットなので、打ち上げ後に徐々に機体を傾け、水平方向への速度を稼ぐ。そこからロケットを地上に着陸させるためには、高度の制御だけではなく、水平方向の速度を打ち消し、場合によっては飛んできた航路を戻るように飛行する動作も必要になる。
ファルコン9の飛行経路はさまざまなので決まった条件ではないが、第1段の分離時点でおおよそ高度は80から100km、水平方向には時速約6000kmも出ている。ここから機体を制御し、エンジンを噴射して速度を落とし、さらに地上の狙った地点に着陸させるのは至難の業である。
さらに、人工衛星を打ち上げるためのロケットは、とにかく軽く造らなくてはならない。しかし一方で、ロケットを着陸させるためには着陸脚や姿勢制御装置、追加の推進剤などが必要になる。ニュー・シェパードのようなロケットであれば、頑丈な着陸脚を装備したり、推進剤を十二分の余裕をもって積んだりすることもできるが、ファルコン9の場合はそうすると衛星を打ち上げられなくなるため、できる限り軽く、それでいて着陸できる程度には十分という、ぎりぎりの線を狙った設計をしなければならない。
これらの点で、ファルコン9の成功は空前の偉業と言える。
再使用による低コスト化は実現できるのか
今回のファルコン9の着陸成功が、歴史に残る大成果であることは疑いようもない。しかし、そもそもロケットの再使用が本当にコスト削減につながるのかはまだ未知数であり、その意味では今回の成功でようやくスタートラインに立てたに過ぎない。
たとえば、今回着陸に成功した機体は外見からは無傷なように見えるが、本当に無傷なのか、また再打ち上げに耐えられるかどうかは検証しなければわからない。そして再打ち上げのための整備も含めた打ち上げコストは、ロケットを大量生産するよりも安価なるのかどうかも、今後実証を重ねなければわからない。
ファルコン9とは技術的に大きく異なるものの、かつてスペース・シャトルは、再使用にかかるコストが莫大なものになり、当初の「再使用による低コスト化」という目標は達成できなかった。ファルコン9が同じ轍を踏まないという保証は今のところない。
ただ、スペースXは楽観的な将来を描いている。たとえば、打ち上げ後に陸上まで戻ってくるのは再打ち上げまでの輸送や整備の面で利点は多いものの、ロケットにとっては大きな負担になるため、より近い海上の船に降ろす試験も継続するとしている。さらに、2016年中には打ち上げに使ったロケットをもう一度打ち上げたいとも語られている。
また、ロケットの再使用に挑戦しようとしているのはスペースXだけではない。ブルー・オリジンもニュー・シェパードより大型の、人工衛星を打ち上げられるロケットで再使用をやろうとしている。また米国の基幹ロケットを運用するユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)や欧州では、第1段エンジンのみの回収・再使用を行うことを計画している。
今後は、陸上や船上への着陸が頻繁に行われ、一度打ち上げに使われたロケットが再び飛び立つ光景が当たり前になるかもしれない。その中で、再使用ロケットによる低コスト化という概念が、本当に成立するのかどうかも自ずと見えてくることになるだろう。
ブルー・オリジンも再使用型の人工衛星打ち上げロケットを開発する計画をもっている。 (C) Blue Origin |
米国の次期基幹ロケット「ヴァルカン」では、第1段エンジンのみの再使用を計画している。 (C) ULA |
三兎を追い、三兎を得た
しかし、着陸に成功したこと以上に、スペースXにとって最大の収穫は、「三兎を追い、三兎を得た」ことだろう。
今回の打ち上げは、今年6月の失敗以来初となるものであった。従来の宇宙開発の常識から考えると、再開1号機の打ち上げでは、前回の問題が再発せずに打ち上げが成功するかどうかに主眼が置かれるはずで、着陸試験をやろうという発想は出てこないだろう。
おまけに、今回打ち上げられたファルコン9は、エンジンから機体の構造、推進剤に至るまで、全体的に大きな改良が加えられた実質の新型機でもあった。打ち上げ失敗からの再開1号機で、新型機を使い、さらに着陸もやるというのは、従来の常識からは大きくかけ離れている。
それでも、スペースXはその三兎を追いかけ、そして三兎すべてを得ることに成功した。これは同社だけではなく、発射場を提供している米空軍、安全審査を行うFAA、さらにロケットにとってのお客であったオーブコム社も同意した上で行われたものであり、彼らが全員この挑戦を支持し、支援した結果、初めて実現した。すでに米国の宇宙開発の世界では、それが可能な体制ができあがっている。
たとえ再使用ロケットの概念が夢物語に終わったとしても、この風土は、ライバルである欧州やロシア、日本などのロケットにとっては脅威であり、しかし人類の宇宙進出にとっては大きな希望になるだろう。
【参考】
・spacex_orbcomm_press_kit_final2.pdf
http://www.spacex.com/sites/spacex/files/spacex_orbcomm_press_kit_final2.pdf
・Background on Tonight's Launch | SpaceX
http://www.spacex.com/news/2015/12/21/background-tonights-launch
・SpaceX | Webcast
http://www.spacex.com/webcast/
・Live coverage: Falcon 9 rocket launches, and lands, at Cape Canaveral | Spaceflight Now
http://spaceflightnow.com/2015/12/20/falcon-9-orbcomm-2-mission-status-center/
・SpaceX Makes History with Successful Booster Return to Onshore Landing | Spaceflight101
http://spaceflight101.com/spacex-makes-history-with-successful-booster-return-to-onshore-landing/