昨今、アニメーション業界で話題となっているデジタル作画。最近では個人レベルでの導入の枠を超えて、会社レベルで取り組んでいる制作スタジオも多く、ワークフローの再編が進みつつある。
そんな中、東京工芸大学にて「あにれく」が主催する「ToonBoom Storyboard Pro」セミナーが行われ、CGアニメ作品の脚本・演出・絵コンテなどを手掛けるクリエイターの峯沢琢也氏が登壇した。
本稿では同セミナーで語られたアニメ現場における「ToonBoom Storyboard Pro」の活用法をレポートしていく。
当日、登壇した峯沢琢也氏は、CGアニメ作品の脚本・演出・絵コンテを担当するフリーランスのクリエイターだ。過去に関わった作品に「ドキドキプリキュアEDディレクター」「はっぴーカッピ:監督」「ペンギンの問題:助監督」などがあり、現在では実際に絵コンテを制作するのに「ToonBoom Storyboard Pro」を用いている。
そもそも「絵コンテ」とは何か
峯沢氏は絵コンテについて「CGやアニメーション作品に関わらず、実写のCMからPV、プリビズ等における脚本から動画・音声・時間を映像作品に仕上げるための設計書であると思う」と説明する。語尾を「思う」と論じているのは、各ジャンルによって、求められる絵コンテの形態が大きく異なるためだ。
今回のセミナーで峯沢氏が解説するのは、主にCGやアニメ作品における絵コンテについてである。「ToonBoom Storyboard Pro」は、その絵コンテを制作するためのソフトだが、具体的には何ができるのか。
峯沢氏によると、同ソフトでは「絵コンテの画を描く」「セリフ・ト書きを書く」「カットの構成と時間を指定する(画と音と時間を設計図で仕上げる)」など絵コンテに必要とされる作業のほとんどが可能だという。
「画の描けるAfter Effects」
では峯沢氏は実際に「ToonBoom Storyboard Pro」をどのように活用しているのか。ここからは峯沢氏の実演の内容をレポートしていこう。
「ToonBoom Storyboard Pro」は、カナダのソフト会社・Toom Boom Animationからリリースされている製品だ。現在のバージョンは4.2で、日本語に対応している。このソフトでは、グラフィック系のソフトとほぼ同じ作業が可能だ。アニメに特化している仕様上、写真を加工したりフィルタをかけたりといったことはできないが、取り込んで絵コンテの一部に使用することは可能だ。また、ビットマップデータやベクターデータを扱うこともでき、いわば「画の描ける簡易合成編集ソフト」なのだという。
「ToonBoom Storyboard Pro」の画面は大きく3つのエリアに分かれる。一つは実際に絵コンテを描いて表示できるエリア。もう一つは、その絵コンテを流すことができるタイムライン。そして、絵コンテごとにレイヤーやアクションノート、ダイアログなどを設定できるエリアである。ちなみにこれらのユーザインタフェースは自由にカスタマイズも可能だ。
レイヤー機能は一般的な画像編集ソフトと似た機能で、透過させたり階層構造を入れ替えたりすることができる。峯沢氏曰く、絵コンテのパネルごとにレイヤーを持てることが、デジタル作画における最大の利点なのだという。
タイムラインについては、動画編集ソフトのイメージに近い。たとえば絵コンテを4枚描いた場合、それぞれの尺を決めて再生すれば、時間通りに絵コンテが切り替わって表示されていく。峯沢氏によると、アナログ作画では尺の秒数を計算する作業はストップウォッチでの手動だったが、デジタル作画なら尺をドラッグで伸ばしたり縮めたりすることもでき尺の計算も全自動、画の入れ替えもドラッグ&ドロップで行うことができるメリットがあるという。絵コンテ1枚ごとにパンアップなどのカメラワークも細かく指定できる。
さらに、画が足りないと思った場合は、1枚のパネルを分割して、同じパネルをすぐ後ろに追加することもできる。新たに追加されたパネルを修正することで、より作業を短縮することができるというわけだ。このあたりはコピー・ペーストが容易に行えるデジタルならではである。
完成した絵コンテは、縦にパネルを並べた状態に変換して、一般的な絵コンテのフォーマットで出力することもできる。ただし、日本と海外では一般的なフォーマットに違いがあり、「ToonBoom Storyboard Pro」はまだ日本の伝統的な絵コンテフォーマットになりきれていないと峯沢氏はいう。
そこで峯沢氏自身は、いったん「ToonBoom Storyboard Pro」から絵コンテフォーマットに落とした後、必要とあらばPhotoshopのアクションを使用して修正を行っているのだという。具体的には、一度画像フォーマットに変換した後、座標を指定して数字をあるべき位置に移動させているとのことだ。
セミナー中盤には、実際に30分ほど時間をかけて峯沢氏が絵コンテを作成する作業も行われた。峯沢氏が描いたのは、「男の子と女の子が町にたたずんでいる。男の子が女の子に壁ドンしていいか尋ねる。女の子が照れてうつむく。男の子が壁ドンし、女の子が恥ずかしがって小突く」という絵コンテ。
1枚目には町並みを描き、太さの違うブラシやパレットの色を変えて、よりわかりやすい絵コンテにしていく。その後、シーンごとの絵コンテを描いていく中で、「男の子と女の子が向き合っているパネル」を分割して男の子の表情を変えるという作業を実践。このとき、追加した方のパネルではキャラクターの表情を変えるだけでなく、「男の子のアウトラインを選択して、ドラッグすることで位置を変更する」というテクニックや、「影落とし」「オニオンスキン」などの機能も披露してみせた。
最後に、「ToonBoom Storyboard Pro」ならではとして、音声データをインポートし、ムービーとしてエクスポートできる機能を紹介。峯沢氏はプレスコが基本の海外作品や音ありきのミュージックビデオ等を制作することもあり、ビデオコンテを制作するのに役立っているのだという。サウンドと一緒に絵コンテが描ける上にムービーとして出力する事で後の作業を合理化できる。
実演を終えたセミナー後半では、あらためて「デジタルで絵コンテを切ることのメリットとデメリット」が峯沢氏から語られた。
デメリットの一つは「導入・教育コストがかかる」ということ。知らない人にソフトの使い方を教えるには、機能を理解しているスタッフが必要になるが、本来はチュートリアルを見て一人で理解できるものでなければならない。この点については、峯沢氏はもっとわかりやすくなるよう、Toom Boom Animation社に要望を出しているという。
そして、実演でも出てきた出力フォーマットの問題。日本の伝統的な絵コンテのフォーマットにまだうまく対応できていないため、これも今後改善を要望すべき問題だろう。峯沢氏は「ただソフトを導入しただけでは、デジタル化のメリットが生かせない。重要なのは途中で挫折せずソフトを使いこなすこと」と述べる。
しかし、一方でデジタル作画の導入による恩恵も大きいという。具体的には「コンテのコマの切り貼りが簡単」になること。「音声と一緒に仮編集を確認しながら作業できる」こと。そして「コンテ撮」までソフト内でできるようになることだ。
現在は、画をスキャンした後、絵コンテのコマを切り抜き、カメラワークがあれば合成ソフトを使い、編集ソフトで映像化するという流れが一般的。これらは別々のセクションで行われているが、デジタルであれば絵コンテの完成と共にコンテムービーが出力できるため、分担作業をしなくても修正が簡単に行えるのではないかと峯沢氏は期待を寄せる。たとえば絵コンテをコンテ撮までを制作するのに複数人で3日間にかかるとすれば、その作業自体がソフト内で絵コンテと瞬時に出力できるようになるのだ。
峯沢氏は「現時点でそれがいいことか悪いことかはわからないですが」と前置きしつつ、コピーペーストを容易にするだけではなく、海外作品では基本のプレスコの絵コンテムービー準拠による映像制作フロー等を鑑みて「既存のフローを合理化・効率化できる、または少なくともそうした選択肢が生まれる」という点が、デジタル作画における最大のメリットであると結論づけた。