富士山が世界遺産に登録されてから2年が経つ。麓の町、静岡県の御殿場市 産業部商工観光課 富士山・観光室の主事 中村 大輝氏によると、一時のブームよりは若干観光客は減ったものの、平日も多くの外国人観光客が詰めかけているという。
富士山の登山ルートは4つある。富士宮ルートと(富士)吉田ルート、須走ルート、そして御殿場市の御殿場ルートだ。御殿場ルートは距離が長く、一般的に難所と言われていることもあり、富士登山客の年間30万人のうち、利用者は3万人に過ぎない。その一方で玄人好みとも言われており、愛好者も多い。
2013年からは、それまで小さな売店と駐車場しかなかった御殿場口に「Mt.FUJI TRAIL STATION(通称:トレステ)」を設置。早稲田大学や東海大学といった学術機関、SalomonやSINANOといった登山関連メーカーなどが協力している。
トレステでは、御殿場市内の観光スポット紹介や富士山の歴史の解説展示、また、近くにある自然休養林を含む環境保全活動、啓発活動など、様々な取り組みを行っている。環境保全活動では、植生なども行っており、ボランティアで大学生も参加しているという。もちろん富士登山者のために手洗いスポットを用意したり、富士山登頂証明書の発行といった"おもてなし"も行っている。
その一環として、KDDIと協力して行っていることが、「外国人観光客へのWi-Fi環境の提供」と「モバイルバッテリーの提供」だ(+auスマートパス会員向けに「ガーナチョコレート」の提供も行っている)。
外国人観光客へ観光誘引施策は昨年も行っており、トレステにおける公衆無線LANサービスと、Wi2が無償で提供するワンタイム チケットをもらうことができた。今年はこの施策を拡大し、同じくWi2らがパートナー企業とともに訪日観光客向けに提供する「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」のプレミアムコードを提供。このプレミアムコードを入力すると、2週間、全国20万カ所のWi-Fiスポットが利用できるようになる。
そもそもTRAVEL JAPAN Wi-Fiでは、アプリを事前にダウンロードするだけで6万カ所以上のWi-Fiスポットを無償で利用できる。もし、訪日観光客が事前にインストールしていない場合でも、Wi2のワンタイム チケット(1day)も同じ場所で配布するため、その場でアプリをダウンロードでき、プレミアムコードももらえるため20万カ所以上でWi-Fiスポットを利用できるという仕組みだ。
これらは観光誘引施策として展開されているものの、決して行政主導ではなく、KDDIやWi2らの私企業が独自負担で行っている。トレステも外国人観光客が多く訪れており、よそでWi-Fiを利用する観光客の誘引と、富士山の登山口という"スポット"から、ほかのスポットへという相互送客のメリットもあるわけだ。
また近年、外国人観光客の急増が大きく報じられているが、御殿場口でもその傾向は変わりない。
「ボーイスカウト活動の関係から、スウェーデンの方が多いです。あとはアメリカや中東、ネパールの方もいます。全体の約1割が外国人で、日によってはほとんど外国の方というケースもあります。たまにビーチサンダルで途中まで登られる方が外国人にはいらっしゃるんですが、山から降りて来られた時、笑いながら足から血を出してます(苦笑)。登られる前に注意はしてるんですが……。
こうしたお客さま方にも対応できるよう、学生を含めて英語とフランス語、中国語、スペイン語が話せる人員を確保しています」(富士山ツーリズム御殿場実行委員会の山口 拓哉氏)
もちろん、この記事を読む読者は日本人がほとんどだが、KDDIらが提供するサービスのため、KDDIのデータ通信契約ユーザーであれば、これらのスポットはそのまま利用できる。
環境保全に協力でもらえるモノ
一方で、多くの人にも関係ある施策が「モバイルバッテリー」だ。これはKDDIがトレステと協力して配布しているもので、KDDIユーザー以外でもこのバッテリーをもらうことができる。
バッテリーをもらうためには一つ必要な要素がある。それが「富士山保全協力金」だ。これは「美しい富士山を後世に残すため」という理念のもとに、2013年より登山口で始まった取り組みで、任意で集められた協力金は、富士山の環境保全や登山客の安全対策に利用される。
この協力金の1000円を支払った"富士山を後世に綺麗な形で残したい協力者"に対して、KDDIが先着1000名でモバイルバッテリーを渡すというわけだ。モバイルバッテリーは電池式のため、例えば電池式のヘッドライドを使ってる人の場合、スマートフォンの充電だけでなく、ヘッドライトが万が一切れてしまった場合にも、このモバイルバッテリーから電池を転用できる。KDDIがその効果を狙ったのか定かではないが、色々と便利な施策といえよう。
また、モバイルバッテリーは"素"の状態で渡される。通常は箱に入っているのだが、"美しい富士山"を保つために本来は用意されている外箱など余計なものは外されてそのまま登山者に手渡される。クリーンな気持ちでクリーンな富士山を楽しく快適に登る。そんな御殿場口から、取材の旅はスタートした。
どこでも使えるトランシーバー
といいつつ、取材で登り始めたのは富士宮口から宝永山を回って頂上を目指す、いわゆる"プリンスルート"だ。皇太子徳仁親王殿下が2008年に歩んだルートで、この名前がついた。
当日は都内で朝から土砂降りの雨という天候で、雲行きの怪しい登山となったが、途中から晴れ間も見えるなど、プリンスルートの効果(?)か快適な登山となった。
弊誌をいつもご覧になっている方であれば目にしたことはあるかもしれないが、実は筆者、昨年も富士山を同じ取材で登っている(関連記事:富士山山頂でもYouTubeが見られる時代 - 携帯キャリアのLTE電波対策に迫る)。昨年は吉田口という一番人気の登山ルートであったため、道中多くの登山客に出くわしたのだが、天候がさほど良くなかったためか、ほぼ取材隊一行のみで宿泊する砂走館まで辿り着いた。
途中、宝永山の"馬の背"と呼ばれる小高い中腹の山の部分では、猛烈な風を体験し、取材で話を聞く相手の声が聞こえなかった。取材隊一行は7名だったのだが、年齢や背格好がバラバラで、道中の歩く速度はバラバラだった。
そんな時に飛び出したひみつ道具……ではなく、無線トランシーバーがKDDIの「IP500H」だ。トランシーバーといえば、子供の頃に触ったおもちゃか、イベント会場で見るトランシーバーを思い浮かべる人が多いだろう。
イベント会場で利用されるトランシーバーの多くは、実は近くにいわゆる"基地局"を設置し、基地局とトランシーバーが通信することで音声のやりとりが行える。基地局を運用するには免許が必要で、設置するだけでも多大なコストがかかる。
その大きさは、一昔前の小ぶりの寸胴な携帯電話。というよりも、昔ながらのトランシーバーと言った方がいいか。定型メッセージも送れるため、あまり時間の余裕がない時や周囲の雑音が激しい時にパパっとメッセージを相手に伝えられる |
一方でこのIP500Hは、無線の相手が同じ基地局でもKDDIのLTE基地局と繋がっている。LTEは御存知の通り、全国99%以上の人口カバー率であるため、全国津々浦々でトランシーバーによる音声通話が可能になるというわけだ。しかも、自分たちで基地局を建てる必要が無いため、運用コストの削減にも繋がる。
あくまで"人口カバー率"が99%であり、こうした山道などでは繋がらない可能性もある。しかし、富士山では毎年30万人が登山しているという状況もあり、KDDIに限らず各キャリアが万全の電波対策を行っている。今回もこのトランシーバーで数百m離れた状況で音声通信をテストしたが、大きな遅延もなく、「こちらは順調です、どうぞ」と"トランシーバーごっこ"を体験できた。
また、富士山はいわゆる"活火山"で、絶対に噴火しないとは限らないのが実情だ。そこでKDDIでは、火山における電波調査時などに、しっかり緊急地震速報や災害速報を受信できるかというテストを行っている。今回の登山でも専用のテスト端末で配信試験が行われており、実際に災害情報が通知される様子を見られることができた。最近の報道では、気象庁が24時間態勢で監視している全国47火山で噴火した場合に情報を即時提供する「噴火速報」という情報提供の仕組みが、緊急地震速報の運用システムを活用して提供されるとのこと。昨年大きな被害を出した御嶽山の二の舞いにならないようにという政府や携帯キャリアの取り組みが今後に活きることを期待したい。
地道なエリア対策作業
昨年は電波対策を大きく取り上げたが、今年は正直それほどインパクトはない。というのも、昨年は各キャリアがこぞってLTE化を推し進めたものの、今年は当然のLTE対応で、下り最大150Mbpsから225Mbpsに更に高速化したといっても、普通の人からすれば「ふーん、で?」といったものだろう。もちろん、一部のスピード狂の人たちからすれば「富士山周りには人が少なく、バックホール回線が空いている。つまり一人で帯域を専有できるため、今までで一番早い速度計測結果が出るかもしれない」といった結論を導くかもしれないが……。
しかしながら携帯キャリアは、求められる品質が、いつ何時に劣化してしまうかという先の読めない状況とも対峙している。それが、"無線"という技術の難しいところであり、日々細かい改善が行われている場でもあるわけだ。実際にKDDIも、昨年と比較して富士山対策を強化しており、昨年設置した山梨側の巨大な"高利得アンテナ"を、静岡側にも新たに3つ設置。
この高利得アンテナで登山道をピンポイントにカバーすることで、多くの登山客が登っていても、安心してLTEの高速通信を、都市部と変わらずに利用できるようになる。遠いアンテナに対して携帯端末からの電波が届くのかと心配になるが、昨年と同じく登山に同行していただいたKDDIの建設本部 エリア設備計画部 システム設計グループ 課長補佐の山梨 幹人氏によると、携帯端末からの送信電波が弱くても、それを掴む基地局側が指向性を強めてその電波を掴もうとするため、問題なく受信できるという。
こうした絶えまぬ努力で作り上げたLTEエリアをあらゆる場所で体感できたわけだが、ちょっと残念な点もあった。それが山小屋だ。一般的に山小屋というか家屋の中に入ると電波が減衰することは知られているが、今回も例に漏れず、山小屋に入ると3Gに落ちてしまうケースが見られた。
ちょうど宿泊した山小屋がそれで、そこはNTTドコモがレピーター(屋内でも電波強度が保てるようにする機器)を設置しており、若干残念な結果が見られた。KDDIもKDDIで昨年より9カ所増の25箇所で屋内対策局(レピーター)を設置しているのだが、こうしたレピーターがないと通信環境が確保できないというのは意外に映るかもしれない。
また、キャリア比較で言えば一番残念な結果に終わったのがソフトバンクだ。道中で圏外に陥ったケースもあり、富士山対策で言えば「あと一歩」という印象を持った。この印象は翌日にご来光アタックを行った山頂でやや変化した。
(左から)KDDI、ソフトバンク、NTTドコモのXperia Z4。同一メーカーの端末で、端末の電波特性はあまり変わりないが、電波状況は大きく異なる |
宿泊した山小屋では、夜間に節電のため消灯する。そのためレピーターの電源も切れ、動作せずに山小屋の中が圏外になってしまった |
山頂では"爆速"を体験
山頂の電波対策は、登山道とは異なってくる。KDDIとNTTドコモは、最高峰の剣ヶ峰(3776m)に無線エントランスと呼ばれる技術を用いて、大容量の通信環境を整えている。
無線エントランスは一般的に使用周波数帯が高く、KDDIは26GHz帯、NTTドコモは80GHz帯の無線周波数帯を使用している。ドコモはNECのiPASOLINK EXという製品を利用し広帯域を確保して"伝送路"を作り上げている。
登山道では、まばらに散らばる登山者を大きく捉える必要があるが、山頂では山小屋周辺に集まる登山客をまとめて収容する必要がある。加えて、登山道からの吹き上げ電波では死角になる部分も多い。こうしたことから、無線エントランスで伝送路を確保した上で、レピーターによる周辺のエリア確保ではなく、バックホール回線を確保した上での基地局によるエリア構築が求められるというわけだ。
こうして作られたエリアで速度計測を行ったところ、NTTドコモは下り152Mbps、KDDIにいたっては178Mbpsという見たことのない速度が計測できた。一方で先ほど"印象がやや変化した"と述べたソフトバンクは、下りこそ9.63Mbpsだったものの、上りが数十Mbpsを行ったり来たりという計測だった。やや推測にはなるが、富士山頂ではご来光写真などの撮影も多いため、アップロード品質の安定に努めたのではないだろうか。
KDDIの山小屋前歩道を狙うアンテナ |
ソフトバンクの山小屋前歩道を狙うアンテナ。2つに分かれている |
NTTドコモの山小屋前歩道を狙うアンテナ。歩道のみを狙うというよりも、広く全体をカバーするアンテナとみられる |
キャリア不明のアンテナ |
NTTドコモらしき中継受けのアンテナ。いわゆる"八木アンテナ" |
こちらのNTTドコモのアンテナは、上の全方位カバーのアンテナにつながっていたもの。山の下からの電波を受ける形で設置されていたため、吹き上げ電波を掴むようだ |
こうして無事登り切った富士山だが、まさか2年連続で取材するとは考えもしなかった。来年はないと思うが、また難所の携帯キャリアの取り組みの取材があるとすれば、私がおもむくことになると思うので、期待してもらいたい。