世界で初めて、1951年に臨床検査薬キットの開発・製造・販売を始めたシノテスト。同社は、病院や検査センターに検査薬を安定供給するという社会的責任から、東日本大震災以前より自社発電や地下水利用によるBCP対策を行ってきた。この思想は社内システムにも引き継がれており、大規模災害時にはベンダーも来社できないことを前提として、自社で復旧できる体制を視野に入れている。

導入理由はクライアントにまつわる課題解決

シノテスト システム情報部 テクニカルマネージャ 芦田久氏

そんな同社は2009年、サーバの仮想化が完了したことに伴い、デスクトップの仮想化の検討を開始した。システム情報部 テクニカルマネージャの芦田氏によると、デスクトップ仮想化を導入しようとした最大の理由は「PCの故障」だったという。

「PCの故障や障害が発生すると、社員とシステム情報部の双方に負担がかかっていました。2009年当時、PCの故障が1カ月に15件から20件発生しており、復旧にあたっては、1台につき平均90分の作業工数がかかっていました」(芦田氏)

加えて、「PCの定期メンテナンス」「セキュリティ対策」「ライセンスの管理と費用の増大」「ソフトウェアのアップデートの管理の煩雑さ」「業務に不適切なソフトウェアの導入」「PCの寿命」という課題も抱えていた。

2009年は、Windows XPのメインストリームのサポートが終了し、Windows XPを搭載したPCの販売終了が見えてきた時期でもあった。同社では、Windows Vista/7では動作しないソフトウェアを10本以上利用しており、OSのバージョンアップを行うとなると、これらのソフトウェアの改修も行わなければならない。

そこで、同社はデスクトップを仮想化することで、こうした課題を解決することを決めた。

ゴールは「PCの完全撤廃」

同社は、国内の9つの拠点に存在する約300台の端末を対象に、デスクトップ仮想化の導入に踏み切った。「ゴールは社内からPCを完全になくすことでした」と芦田氏。

仮想デスクトップのソフトウェアと言えば、シトリックス・システムズとヴイエムウェアのシェアが高いが、芦田氏は両社の製品による環境を構築して検証したうえで、ヴイエムウェアの「VMware Horizon View」を導入することにしたという。同製品を選択した理由について、同氏は次のように話す。

「まず、先行して行ったサーバ仮想化において、ヴイエムウェア製品の信頼性と安定性、サポート力の高さを実感しました。また、会議や研修の録画映像を社内で配信していることから、映像再生のクオリティの維持が必須条件だったのですが、Horizon Viewはマルチメディアへの対応がすぐれていました。サーバ仮想化基盤との連携を考えると、ドライバが最小限に抑えられるというメリットもありました」

端末は当初より、「ゼロクライアント」を導入した。芦田氏は仮想化ソフトと同様に、端末についても主要製品を評価したのだがアプリケーションと相性がよくないものや、Horizon Viewの新バージョンに対応できない製品が明らかになったそうだ。

あわせて、「ハードディスクを搭載していないため故障がほとんどない」「ウイルス対策やOSのアップデートが不要」「端末の寿命がPCより長いことが期待される」「省電力」といった理由から、ゼロクライアントを導入することとなった。最終的には、ヴイエムウェアと技術提携をしている米Teradiciが開発しているPCoIP専用チップを搭載しているゼロクライアントが選ばれた。「ヴイエムウェアと提携しているだけあって、動作が安定しています」と、芦田氏は語る。

膨らみがちなイニシャルコストを工夫して抑制

先に、同社は約300台の端末を仮想デスクトップに置き換えたと述べたが、規模は決して大きくない。規模による導入メリットが得られにくいなか、一般に導入コストが高いと言われている仮想デスクトップを導入するにあたって、さまざまな工夫がなされている。

その1つはストレージを使っていないことだ。同社では、物理ホストの内蔵ディスクで仮想デスクトップを運用している。ご存じのとおり、ストレージは高価なハードウェアだ。しかも、「サポート期間は3~5年と短く、保守料も高い」と芦田氏。また、ストレージよりも物理ホストのバスに直結のRAIDコントローラのほうが速いことに着目した。

さらに、芦田氏は「物理ホストが落ちてしまえば、どんな対策を講じていても、仮想マシンは落ちてしまいます。この時、保存していないデータも消えてしまう。物理PCの故障と比較して、どこまで可用性を求めるかというわけです。そこで、ダウンタイムの目標を最大60分とし、共有ストレージはなくても何とかなると判断しました」と説明する。

コストを軽減するため、バックアップソフトも吟味して、「Acronis Backup for VMWare」を選択。同製品は、安価かつシンプルで直感的に操作できるという。バックアップ・ストレージもコスト面を考慮して、大容量NASのQNAPを利用している。

仮想デスクトップの導入を検討する際、イニシャルコストは障壁になりがちだ。また、中堅・中小企業では、大規模企業ほど社内システムに予算を割くことができないという事情もある。だが、同社のように、コストを抑えることで、仮想デスクトップ導入の道が開ける可能性がある。

なお、スモールスタートによる導入も予算を通しやすいうえ、コスト削減に効果があるそうだ。同社も2010年から本格導入を開始したが、2015年にようやく300台の仮想デスクトップ化が完了したという。

シノテストの仮想基盤の構成

仮想デスクトップを構築しているインフラ群

PCの管理、セキュリティ強化、BCP対策などの効果

仮想デスクトップは、同社にさまざまな効果をもたらした。目下の目標であったPCの障害対応件数が減ったことで、障害に伴う作業工数も大幅に減った。端末を展開する際も、仮想デスクトップは1台当たり20分未満で済むため、時間的損失が削減された。「PCの故障にまつわる手間から解放されたことは本当に大きいです」と、芦田氏は笑顔で語る。

また、仮想デスクトップはデータの持ち出しが不可能なため、情報漏洩対策とセキュリティの強化という点でも効果が得られた。

さらに、端末さえあれば、どこででも業務が継続できるようになったことから、在宅勤務にも容易に対応可能になり、BCP対策も実現された。

最後に、芦田氏は仮想デスクトップを検討しているIT部門の方々へのアドバイスとして、「もし、サーバのリソースに空きがあれば、まずは最小単位で評価してみるといいと思います。ヴイエムウェア製品による仮想環境は決して難しくありません。仮想化のプロジェクトは何より担当者のやる気が大切だと思います」と話してくれた。