2015年6月22日に、ボーイング787ドリームライナーの初号機(ZA001)が中部国際空港(セントレア)に到着した。ボーイング社が、中部国際空港に寄贈したものである。
試験用機の寄贈
このZA001は、ボーイング787のうち最初に完成した機体で、2009年12月15日にロールアウトした。その後は飛行試験に供され、機体が仕様通りに造られていて不具合がないかどうかを確認するために使われていた。飛行試験用機と呼ばれている通りである。その後、2号機(ZA002)や3号機(ZA004)も飛行試験用機のフリートに加わった。
機種によっては飛行試験に使用した機体をカスタマーに引き渡すケースもある。しかし、飛行試験によって判明した不具合への対処、あるいは改良した方が良いと判断した変更を反映させるため、その後の量産機が当初の飛行試験機と異なる仕様になることは多い。すると、仕様が異なる飛行試験機はカスタマーに引き渡せないことになる。
ボーイング787でも、当初の飛行試験機・3機は、カスタマーへの引き渡し対象からは外された。しかし、いくら土地の広いアメリカとはいえ、用済みになった飛行試験機をそのまま置いておくようなスペースの余裕はない。だからスクラップにしてしまう手もあるのだが、ボーイング社は787の飛行試験用機を博物館などに寄贈することにした。
すでに、ZA002はアリゾナ州のピマ航空博物館に(2015年3月)、ZA003はワシントン州のシアトル航空博物館に(2014年11月)、それぞれ寄贈されている。ちなみに、ZA002(現役時代の登録記号N787EX)は、就航前の適合性検証(SROV : Service Ready Operational Validation)を実施するため、2011年7月に日本に飛来したことがある。
そして、残るZA001(登録記号N787BA)については、中部国際空港に寄贈されることになった。ボーイング社ではこれについて、「ボーイング787型機の機体構造体の35%は中部地域で生産されており、大型貨物機のドリームリフターにて、ボーイングの米国内最終組立工場に輸送されています。ZA001号機は、日本唯一のドリームリフター就航地点である中部国際空港及び中部地域へ里帰りすることになります」と説明している。
なお、ドリームリフターによる機体構造材の空輸については、拙稿「【レポート】ボーイング社、ドリームリフター・オペレーションズ・センターを開設 - 中部国際空港に設置しサプライチェーンを効率化 (2014/3/19)」も御覧いただければと思う。
ZA001、セントレアに到着
さて。ZA001は予定通り、2015年6月21日午前10時30分(現地時間。日本時間は6月22日の午前3時30分)に、シアトルのボーイング・フィールドを離陸して中部国際空港に向かった。エアラインの機体ではないから便名をどうするのかと思ったら、「BOE1」だそうである。「BOEing」の「1号機」か。
筆者は当日の朝に、新幹線と名鉄を乗り継いで中部国際空港入りした。空港に着いてみると、駅からターミナルビルに向かう連絡通路も、ターミナルビル中央の吹き抜けも、わざわざ「ZA001歓迎」のタペストリーを掲げていた。
これについて空港の方に伺ったところ、空港でも盛り上げようとして装飾を施した由。そして、ターミナルビル屋上のスカイデッキ(展望デッキ)は朝から続々と撮影者が詰めかけて、ZA001到着の時点では1,000人に達していたそうである。エアラインが運航に使用している787なら、すでに頻繁に飛んでいるが、やはり初号機飛来の話題性はすごい。
報道陣は、着陸後に使用する28番スポットで待機していたが、この日の中部国際空港は南風運用で、ZA001も北側からのアプローチとなった。そのため、28番スポットから見るとターミナルビルを隔てた向こう側にタッチダウンする形になってしまったのが残念だ。タッチダウンの瞬間は見られなかったが、その後、スポットインする現場は見ることができた。
着陸して、28番スポットに向けてタキシングするZA001 |
JALとANAのグランドクルーがお揃いで「おかえりなさい」の横断幕を |
一方、ボーイング社のスタッフだろうか、こちらは「ただいま」の横断幕を。パイロットも日本語で「ただいま」と挨拶していた |
スポットインの際には、業界の恒例で、空港の消防車が行う放水によるアーチの下を通る演出がなされた。
その後、横付けされたタラップに3名のパイロットが降り立ち、まず中部国際空港の川上社長とボーイング・ジャパンのジョージ・マフィオ社長がタラップを上がってパイロットを出迎えるとともに花束贈呈が行われた。それに続いて、川上社長とマフィオ社長による挨拶があった。
なお、今回のフェリーフライトを担当したのは、以下の3名のパイロットだ。
■クレイグ・ボンベン機長
ボーイング テスト&エバリュエーション(BT&E)フライト・オペレーションズ担当副社長
エンタープライズ・チーフ・テストパイロット
■マイク・キャリカー機長
エアプレーン デベロップメントとボーイング777Xのチーフパイロット
以前には787のチーフ・モデルパイロットも経験している
■ランディ・ネヴィル機長
787のチーフ・モデルパイロット。2011年にZA001をパリ航空ショーに出展した際の操縦も担当
その前はF-22Aラプター戦闘機のテストパイロットを務めていたそうである
これはすなわち、テストパイロットの大ボスとベテランで構成する「ドリーム・チーム」で、ZA001を日本に空輸してきたわけだ。また、キャリカー機長はドリームリフターによる空輸も経験しており、自分で運んだ部材で組み立てられた機体を、今度は自分の手でテストして、育ててきたことになる。
ZA001の機長席窓下には、キャリカー機長とネヴィル機長の名前が書かれていた。通常、ボーイング社では機体にパイロットの名前を書くことはしないのだが、整備担当者によるサプライズで、特に書き込まれたものだそうである |
初号機を保存・展示することの意味
スポットにおける歓迎セレモニー、そしてその後のパイロットによる記者会見で述べられたボーイング社関係者の話の中で、印象的だった話が二点ある。
まず、中部地方の航空機工業とボーイング社のパートナーシップを強調していたこと。冒頭でも言及したように、ボーイング787の機体構造のうち35%が日本のメーカーで造られているし、それ以外の細々した分野でも、日本のメーカーがサプライヤーとして関わっているかもしれない。
そもそも、マフィオ社長はボーイング・ジャパンの社長に就任する前、787のサプライヤー担当副社長を務めていた方だ。だから、787の製作における日本メーカーの貢献についてはよく理解されている。
もうひとつ、印象に残ったのが、「特別な機体(マフィオ社長の発言)」であるZA001を日本に寄贈・展示することの意味である。
日本のメーカーが製作に関わった機体の実機を展示して、多くの人に見てもらうことで、次代を担う若者達に、航空産業やそこで関わってくるエンジニアリングの世界を目指す動機付けになれば、という趣旨のコメントは、マフィオ社長だけでなく、空輸を担当した3名のパイロットの一人、キャリカー機長の口からも聞かれた。
そういえば、かかみがはら航空宇宙博物館を訪れた若手の航空技術者が、展示されている機体を見て「先輩達はこんなことをやってたんだ!」と感嘆の言葉を漏らしたことがあったと聞く。なにも飛行機の世界に限らないが、先輩達が手掛けて、作り上げた製品を形のあるものとして残し、それを後輩に見てもらって、参考にしてもらったり、動機付けにしてもらったりすることは重要である。
図面や写真ではなく、現物があることが重要なのだ。現物を見て、触って、それで初めて感じることは確実に存在する。そういう場面で役に立つことができれば、ZA001にとっては飛行機冥利に尽きる話だといえるだろう。
この後のZA001
今回のフェリーフライトが、ZA001にとってのラストフライトである。この後は7月7日に、ボーイング社から中部国際空港に対する贈呈のセレモニーが行われる予定になっている。いずれは空港敷地内に展示施設を造ることになるのだろうが、まだ詳細は発表されておらず、中部国際空港では「展示等について、今後検討していく予定です」としている。
そうした状況なので、しばらくは露天で置いておくことにならざるを得ないようだが、できるだけ早く、ZA001の終の棲家となる展示施設が完成するよう期待したい。