Kii株式会社 CEO 荒井真成氏

日本のものづくりが危機に瀕している。韓国や中国のメーカーが台頭するなか、かつてのように品質やサービスの高さを武器に世界と戦っていくことが難しくなってきた。そんななか、「IoT(モノのインターネット)は日本のものづくり復権のカギになる」と主張するのがKiiのCEOの荒井真成氏だ。Kiiは先ごろ、世界最大の携帯機器卸である米ブライトスターとIoT分野のグローバル企業連合「Space」を発表した。すでに、アリババやソフトバンク子会社を含む多くの企業が参加を表明しており、Kiiはこの「Space」を通じ日本発のIoTプラットフォーマーとして、日本企業がIoT分野でグローバル展開を進めることを支援する構えだ。そこで荒井氏に日本の強みを生かすIoT戦略のポイントを聞いたので紹介する。

IoTブームは残り1年半

「IoTをめぐる今の状況は、インターネット勃興期と非常によく似ています。当時、『良い面も悪い面もあるが、とにかく作って世に出してしまえ』と、Webブラウザを中心に、さまざまな企業が市場に参入して、どんどんと盛り上がっていました。現在、シリコンバレーでもIoTのイノベーティブなソリューションが数多く生まれ、スタートアップに対する投資が大流行しています」と荒井氏は、シリコンバレーにおけるIoTの熱狂について話す。

この熱狂の背景にあるのは、センサー技術やデータ解析手法の発展だ。モノや考え方自体は以前からあったものだが、より小さく精密、精緻かつ安価になったことで、モノが生み出す可能性が爆発的に広がった。さらに、オバマ政権下での医療保険制度改革や、医療分野での民間財団の取り組みの進展が、ヘルスケア分野でのIoTデバイスの活用に拍車をかけているという。

「IoTブームの特徴は、かつてのように1社が独占的にソリューションを作るのではなく、さまざま分野に強みをもつ企業が集まり、全員参加型で作り上げている点です。まったく経験のない人たちがアイデアを出しクラウドファウンディングを使って投資を募るケースにおいては、誰もが参加できる状況です。かつて我々の業界でIoTと言えばInteroperability Testing(機器の相互運用性テスト)のことでしたが、今ではそう言って通じる人はいませんね(笑)」(荒井氏)

そう語る荒井氏は、1995年に設立された米インテリシンクの創業メンバーとして、モバイル端末向けのデータ同期サービスを黎明期から支え、同社のプロダクトマーケテンィグ担当副社長として日本の代表も務めた。のちにインテリシンクはノキアに買収されたが、2007年にノキアから事業バイアウトする形でKiiの前身となるシンクロアを創業。2010年に米国企業を買収したのを機にKiiと名称変更して、モバイルアプリやIoT向けのプラットフォームのグローバル展開を進めた。モノがインターネットにつながる時代の到来は当時から予期しており、そのビジョンは今、急速に具体化しつつあると語る。

「Webブラウザを中心にしたインターネットのブームがはじけるまでおよそ3年。その3年の間に技術の進化があり、マネタイズの仕組み等のさまざまな課題を乗り越え、今につながるエコシステム(生態系)が形づくられました。同じように考えると、現在のIoTブームが落ち着いて、将来が見えてくるのは約1年半後。2016年の暮れからは、新しいエコシステムが具体的に動き始めるでしょう」(荒井氏)

IoTと世界の潮流

求められる「すり合わせ」と「作りこみ」

そのうえで荒井氏は、IoTが日本のものづくり復権のカギになると指摘する。日本のものづくりの強みは、すり合わせと作り込みとだと言われていたが、現在では、それらが通用する製品分野ほとんどなくなったと言われるようになって久しい。

また、近年多くの製品分野で、アイデアの商用化に長けた米国や、安い原価で大量に製品を製造する能力を持った中国に市場を奪われてしまった。だが、IoTでは、日本企業が得意とする、すり合わせや作り込みがまだまだ生かせるのだという。

「IoTデバイスを実際に試してみるとわかります。米国でこれまでに発表されたものの中には、完成度が低すぎるものが多くあります。たとえば、セットアップに苦労するWebカメラやLED電球。苦労して使えるようにしても、身につけているだけで痛くなるウェアラブルデバイス。数週間使ってみても、なぜそれを身につける必要があるのかわからないヘルスケアデバイス。きちんとものを考え、国や地域ごとに何を出せばいいのかを調べ、製品を世界に展開してきた日本企業の経験は、IoT分野で必ず生きてきます。むしろ、今がチャンスです」(荒井氏)

荒井氏が"最高のコンビネーション"として挙げるのが、国を超えて企業が連携していくソリューションだ。たとえば、ビジネスモデルはそれを得意とする米国企業にまかせ、同じく製造はそれを得意とする中国企業にまかせる。日本企業は、製品を最後まで"作り切る"ことや顧客サポートなどのきめ細かいサービスやノウハウの提供に力を注ぐ。そのようにして、それぞれのいいとこ取りをすることで、消費者が望む100%に近い製品をつくり上げるというわけだ。

実際に、海外企業から日本企業の作り込みのノウハウを求める声は多いという。たとえば、シリコンバレーのある企業では、音を分析してそこに何が起きているかを判断できる分析アルゴリズムを持っている。そのアルゴリズムを日本企業と共同開発することで、留守中の自宅の音を分析して子どもの帰宅を確認したり、不法な侵入者を検知したりするソリューションに仕上げていこうとしているケース等があるという。

また、子どもの誘拐が多い中南米市場向けに、子どもの動きをみまもるデバイスを提供しようという企業もある。フィンランドのHaltianというノキアからスピンアウトしたIoTデバイス専業会社だが、サービスの作り込みの部分で、Kiiをはじめとした日本企業と共同開発を行っている。

一般的に日本では企業間連携や資金調達の場が不足していると言われている。しかしながら、米国の有名なクラウドファウンディングサイトKickstarterに刺激されたクラウドファンディングサイトなども多数出てきた。ソニーがシリコンバレー型ファンドWiLと合弁会社Qrioを作り、「Qrio Smart Lock」というインターネット連動の鍵を開発中なのは好例であろう。DMMが手がける「DMM.make」でもIoT事業の育成をしているし、富士通はシリコンバレーの製造業インキュベータであるTechShopを今年中に日本でオープンすると発表している。

IoTソリューション成功のための5大要素

荒井氏は、IoTソリューションを成功に導くには、大きく5つの要素が必要だと説明する。5つの要素とは、技術、製造、流通販売、ビジネスモデル、開発だ。

1つめの技術については、主にソリューションを提供するためのクラウド基盤やフロント、バックエンドのサービスを指している。IoTの領域では市場の反応を見ながら、速やか且つ柔軟にサービスを更新し続けることが大切で、サービスを他社と差別化するために、フロント部分の技術にリソースを注ぎ、バックエンド側を実績があり、多くの顧客を抱えている専門家から外部調達する方がよい。

2つめの製造というのは、デバイスの製造のことだ。アイデアがあっても、それを試作したり、大量生産したりできなければ、製品としての意味はない。これまではプロトタイプ向けの金型を作るだけでも多大な投資が必要だったが、3Dプリンター等でそれが容易になった。また、台湾や中国などでOEMメーカーとして経験を積んだ企業が、低価格で金型の製造から生産までをサービスとして提供するようになってきた。そうした企業とどう連携するかがポンイトだ。

3つめの流通販売は、つくった製品を流通させる段階で必要になる要素だ。新製品で新しいチャネルを立ち上げることは予想以上に手間とコストがかかる。これはスタートアップだけでなく、大手企業にとっても難しい課題で、特に、世界最大の市場と期待される中国については、法規制や独特な慣習がネックになる。また、流通販売は、4つめの要素である、ビジネスモデルともかかわってくる。

4つめのビジネスモデルは、日本企業が不得手とされてきた部分だ。IoTソリューションは、デバイス単体で存在するのではない。従来のように製品を売って終わりではなく、月額課金が可能なモデル等が出てくることも考えられ、インターネットにつないで、いかにソリューションとしての価値を高めるかが重要になる。そのためには、どのようにビジネスモデルを作り、誰と組んでどう売っていくかが大きなポイントになる。

5つめの開発は、いろいろなアイデアを組み合わせて、ソリューションに仕上げるためのパートナー間の連携を意味する。ここでは、デバイス製造メーカー、サードパーティ開発者、プラットフォーマーそれぞれがオープンな環境で協力しあえることが重要だという。

「この5つが揃ってはじめてIoTの土俵に乗ることができると考えます。土俵に乗ることで、日本のいいところと海外のイノベーションが組み合わさり、ものづくりは復活していく。Kiiがいま取り組んでいるのは、企業が土俵に乗りやすくするための支援をすることです」(荒井氏)

世界的なIoTエコシステムとしての「Space」

Kiiが先ごろ発表したSpaceは、IoTソリューション成功の5つの要素を、企業が簡単に利用できるようにするための"場"という位置づけだ。世界最大のモバイル機器ディストリビューターである米ブライトスター(Brightstar)の販売網、中国アリババ(Alibaba)の持つEコマースプラットフォームやKiiのクラウドの利用、そしてソフトバンクをはじめとする各国の携帯通信事業者と連携することで、世界規模での一貫したエコシステムを構築した。

このエコシステムを利用することで、アイデアの具体化から、製造、流通、販売、サポート、すり合わせ、作り込みまでを一貫して行うことが可能になる。たとえば中国では、以前よりグレートファイアウォールと呼ばれるITネットワークと法規制の障壁があったため、その他の地域と共通の品質での提供が難しかった。しかし、Kiiのとアリババの提携により、このクラウド環境を利用することで、Space上に構築した他のクラウド環境と共通の物を提供することができるようになるという。

アリババとKiiの提携

また、製造や流通販売については、Spaceを活用して、これまで以上にスムーズな展開が可能になるという。特に、製造については、台湾のインキュベーターHWtrekや、中国深センのFoxconnのインキュベーションセンターSyntrend等と提携しており、これらを活用して、プロトタイピングの支援や製作を行うことができる。世界展開については、米ブライトスターの流通販売網を活用することができる。ブライトスターを通じ、通信キャリアの課金システムを使えば、月額課金も可能になる。

「Spaceにより、これまで離れていた人同士が繋がるようになります。これまでになく革新的なソリューションがさらに生まれるはずです」(荒井氏)

その他、詳しくはまだ明かせないとしつつも、現在、Spaceのエコシステム上では、子ども、教育、省エネをテーマにこれまでにないソリューションの開発が急ピッチで進められているところだと話す。荒井氏が予測するように、IoTはさらに大きなうねりとなり、1年半後には新しいエコシステムが構築されていくはずだ。このことは、日本のものづくりを復権させるという点でも、日本企業にとって大きなチャンスになると言えそうだ。

Spaceの概念図