理化学研究所(理研)は5月8日、生体分子の運動を1分子レベルから細胞レベルまでの幅広い空間スケールで解析可能なシミュレーションソフトウェア「GENESIS」を開発し、オープンソースソフトウェアとして無償で公開すると発表した。

同成果は理研計算科学研究機構粒子系生物物理研究チームの杉田有治チームリーダー、ジェウン・ジョン研究員、杉田理論分子科学研究室の森貴治研究員らの共同研究チームによるもので、5月7日付(現地時間)の「WIREs Computational Molecular Science」のオープンアクセス版に掲載された。

生命科学分野では分子動力学法と呼ばれるシミュレーション技法がタンパク質の立体構造予測、酵素反応のメカニズムの解明、薬の理論設計などに広く応用されている。しかし、多数のCPUを用いて従来の計算アルゴリズムを大規模な分子集団系に対して適用しようとすると、CPU間の通信時間が増大するため限界がある。

実際、タンパク質1分子などの計算は可能だったが、細胞質のように多数のタンパク質や核酸などが混在する生体分子システムを、水やイオンなどの触媒も含めて高速に計算することは困難だった。特に、スパーコンピューター「京」など非常に多くのCPUを備えたコンピューターの性能を最大限活用するためには、新しい計算アルゴリズムを導入した分子動力学シミュレーションソフトウェアの開発が必要とされていた。

共同研究チームが開発した「GENESIS」は、「京」のアーキテクチャを考慮に入れた独自の計算アルゴリズムを導入することで並列計算を効率化し、細胞環境を想定した1億個の原子で構成される系に対しても高速な分子動力学シミュレーションを実現した。「京」を用いた計算では、バクテリアの細胞質分子混雑環境を模倣した約1170万個の原子を含む分子集団系に対して1日あたり17.5ナノ秒、約1億370万個の原子を含む分子集団系に対しては1日あたり6.5ナノ秒という性能を達成したという。

同ソフトウェアは従来のようにタンパク質1分子や細胞膜、糖鎖、核酸などの生体分シミュレーションも可能で、今後、創薬研究などに幅広く適用されることが期待される。

「京」を用いたGENESISのベンチマーク。一番左は世界最高速分子動力学計算ソフトウェアの1つであるNAMDとの比較。