理化学研究所(理研)は4月21日、将棋の棋士の脳を調べることで、ヒトの直感的な戦略決定が大脳の帯状皮質と呼ばれる領域を中心とするネットワークで行われていることを明らかにしたと発表した。

同成果は理研脳科学総合研究センター認知機能表現研究チームの田中啓治チームリーダーらの研究グループによるもので、富士通および富士通研究所、日本将棋連盟が研究に協力した。4月20日付(現地時間)の米科学誌「Nature Neuroscience」オンライン版に掲載された。

人は複雑な状況の中で応答を迫られたとき、まず大まかな戦略を決めて、次にその戦略のもとで具体的な応答を決める。これにより、最初から具体的な応答を決めるよりも短時間で良い応答を決めることができるとされる。しかし、具体的な応答を分析せずに直感的に大まかな戦略を決定する脳のメカニズムについてはこれまでよくわかっていなかった。

同研究グループは、攻めの手と守りの手の区別がはっきりしている将棋で、対局中に守るべきか攻めるべきかを決定する局面で戦略を決定する際の、脳メカニズムを機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置を用いて調査した。実験はアマチュア三段、四段の高段者17名を被験者とし、課題はプロ棋士である北浜健介七段(現:八段)が作成した。

被験者にはまず、これから提示される課題が戦略決定課題か具体手決定課題かを教え、盤面を4秒提示して回答を考えさせ、その後戦略決定課題の時は攻めか守りの2つの選択肢、具体手決定課題の場合は4つの選択肢を提示して2秒以内に回答させた。

その結果、直感的な戦略決定は、具体的な手を決定する脳の領域とは別の脳ネットワークで行われることを発見した。また、与えられた盤面での攻めと守りの主観的価値は帯状皮質の後部と前部に分かれて表現され、これらの価値表現が前頭前野背外側部に伝えられて戦略決定がなされることもわかった。

今回の実験は将棋を対象に行われたが、その他の日常的な個人や集団による直感的な戦略決定にも類似の脳ネットワークが使われている可能性があるという。

攻め/守りの主観的価値と各脳部位との関係。前帯状皮質唯側部(rACC)の活動は守りの主観的価値(SDSV)に、後帯状皮質(PCC)の活動は攻めの主観的価値(SASV)に、前頭前野背外側部(DLPFC)の活動は選択した戦略の価値から選択しなかった戦略の価値を引いた値(Schosen – Sunchosen)にそれぞれ強く正に相関した。

具体手決定課題で活動する脳ネットワーク。前頭前野背外側部後部(pDLPFC)、運動前野背側部(dPMA)、前補足運動野(preSMA)は、具体手決定課題では活動が高まるが、戦略決定課題、具体手決定課題の両方において攻めと守りの主観的価値の計算や表現に関わらない。

攻め/守りの戦略決定に関わる脳ネットワーク。与えられた盤面での攻めの主観的価値が後帯状皮質(PCC)に、守りの主観的価値が前帯状皮質唯側部(rACC)にそれぞれ表現され、前頭前野背外側部(DLPFC)に伝えられてその差によって攻めるか守るかの戦略が決定される。