危険ドラッグってナンダ?

この数年、覚醒剤や大麻などの古くからある違法薬物と似た作用をもつ「危険ドラッグ」の蔓延が報道されています。海外では「新向精神物質(new psychotropic drugs)、リーガル・ハイ(legal high)」と呼ばれるこれらの薬物は、日本では「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」と呼ばれ、2014年からは「危険ドラッグ」という名称で呼ばれるようになりました。

危険ドラッグは「脱法ハーブ」などとも呼ばれ以下の写真のように乾燥した薬草のような形で流通している事も多いです。なんとなくどこかに生えている植物のような気がするかもしれませんが、実はこれは何の関係もない乾燥した植物に、専用の設備により化学合成された薬物(白い粉を想像してください)をふりかけて再び乾燥したものなのです。危険ドラッグの本体は元々植物に含まれている成分ではありません。

徳島県立保健製薬環境センターで試験検査を行い、薬事法第2条第14項にて指定されている指定薬物が検出された危険ドラッグ。このように主に乾燥した植物体に染みこませる形で流通している(出典:徳島県Webサイト)

実は麻薬よりも怖い危険ドラッグの危険性

危険ドラッグとして流通する薬物の成分は様々ですが、多くは合成カンナビノイド系物質と呼ばれるものです。「カンナビノイド」は違法薬物である大麻に含まれる物質で、これ自体も違法薬物ですが、危険ドラッグとして出回っているのはカンナビノイドの分子構造の一部を人工的に改変し合成された新規薬物です。

違法薬物の分子構造の一部を変えて危険ドラッグを作り出す(筆者注:あくまで概念図、構造式、作用部分の位置などは正確ではありません)

上の図には危険ドラッグを作り出すのによく用いられているストラテジーを示しています。たとえば大麻に含まれ、違法薬物指定されているカンナビノイド系薬物の構造の中で、人体の神経系に作用し向精神作用を示すのは分子構造の中のほんの一部分です。すなわち、それ以外の部分は少し違っていても同じような作用を持つのです。

以前は、違法薬物と少しでも分子構造が違えば、それは違う薬物と見なされ合法だったので、次々に現れる類似の薬物(いわゆる脱法ドラッグ)を次々と違法薬物指定し、取り締まる必要がありました。しかし2007年から、脱法ドラッグ(危険ドラッグ)を指定薬物として規制できるよう薬事法の一部が改正され、2013年には危険ドラッグの「包括指定」が可能となりました。これは上の図でいうと作用のある青色の部分があれば、他の部分がどのような構造であっても違法薬物と認定するといった方法です。ただし、青色部分に関しても微妙に同じ作用を保ったまま違う分子構造に改変出来る可能性もあり、包括指定すらすりぬける薬物が登場する可能性はあります。

このように「効果さえ残っていれば良い」という観点で作られた新規薬物は実は従来の広く知られる違法薬物よりも危険があります。それは法をかいくぐるために少し改変した部分が予想もしていなかった強い毒性を持っていたり、後遺症を残す可能性があるからです。「毒性」とは飲んですぐ分かる「毒性」もあれば、繰り返し使用し数年後にやっと分かる毒性もあり、流通したての危険ドラッグの本当の毒性は誰も知らないのです。

また、これらは薬局で買える医薬品とは異なり、「いいかげん」に化学合成し作られていることが多く、多くの不純物を含んでおり、それらが毒性を持っている可能性もあります。危険ドラッグは従来の違法薬物に比べ利用者の健康を害する大きな危険性をはらんでいるのです。

危険ドラッグを見分ける秘密兵器 - 質量分析計

危険ドラッグを取り締まるためには、分子構造の微妙に異なる薬物を見分けなければいけません。危険ドラッグの1つ1つの分子は重さでいうと分子量1000以下、これは大きさで言うと数十ナノメートル以下(髪の毛の太さの1万分の1以下)です。目には見えないこういった薬物を見分けるためには主に質量分析計(通称、MS)という分析機器が使われています。

質量分析計は薬物にレーザーや電気などを使ってエネルギーを与えた場合の飛び方を測定します。同じエネルギーを与えた時に重たい分子は飛行速度が遅く、軽い分子は速いといった原理を利用します。この質量分析計と、物質を性質によって分離するクロマトグラフィーという分析機器を組み合わせたLC/MS、GC/MSといった分析装置を使えば分析したいサンプルの中にどんな物質がどれぐらい含まれているかを分析可能です。

これらの装置を使うことで、警察が入手した様々な証拠品が危険ドラッグかどうかの判別が可能になります。また、危険ドラッグにどのような不純物がどれぐらい含まれているかを分析することにより危険ドラッグの流通ルートの解明にも用いることが出来ます。こういった分析手段・装置は「質量分析計」という名前は出てこないことが多いですが、近年では海外の法医学ドラマなどでよく活躍しているのを見かけます。画面上のマススペクトルと呼ばれる波形状の解析結果を見て、「XXが検出された」と言っているアレです。

質量分析計の大手メーカーである日本ウォーターズによるとこういった機器は1台1億円を超える一部屋を占めるような超高性能の巨大な装置から、卓上に乗るほどコンパクトで1000万円を切る装置まで様々なラインアップがあり、医薬品メーカーや、食品メーカーなどに加え、危険ドラッグの判別等の各種分析を行うために警察関連機関、各都道府県の衛生試験研究所で使用されているそうです。

MS/MSシステム(質量分析計)(画像提供:日本ウォーターズ)

測定サンプルの「前処理」や分析のためのソフトウェアも重要

LC/MS、GC/MSなどの機器は血液や尿など、あまりにも多くの物質が含まれたサンプルを直接測定するのは苦手なため、人間の身体由来の物質を取り除く「前処理」が重要です。これは以下の写真に示すような使い捨ての「前処理デバイス」と呼ばれるものがよく使用されています。

また、LC/MS、GC/MSで得られる分析結果を危険ドラッグの取り締まりに生かすためには、測定により得られた分析結果が危険ドラッグを示しているかどうかを判断する必要があります。また、血液中や尿中の危険ドラッグを調べる場合は危険ドラッグが分解されて別の物質に変化していることがあり、危険ドラッグが体内で分解されどのような物質に変化するかの情報が必要です。

日本ウォーターズでは前処理用デバイスの開発から、検出・分析を効率良く行えるソフトウェアの開発・提供も一環して行い、質量分析計を用いた様々な分析業務のトータルサポートを行っているそうです。

サンプル前処理用の固相抽出と分析カラム(提供:日本ウォーターズ)

危険ドラッグと戦う分析機器の進化は続く

危険ドラッグを取り締まるためには、薬物使用者・販売者を見つける警察の活躍に加え、迅速にかつ微量のサンプルからでも危険ドラッグを分析出来る分析機器が重要になります。日本ウォーターズによると、近年では「超臨界流体」に分析対象を溶かし質量分析を行うSFC/MS(超臨界流体クロマトグラフ/マススペクトロメトリー)という新しい分析手法や、より微量のサンプルを迅速に測定出来るUPLC(超高速高分離液体クロマトグラフィー)などの新しい技術・機器が出てきており分析に用いられているそうです。こういった分析機器メーカーは警察や規制当局などと二人三脚で危険ドラッグとの戦いに貢献する強力な援軍と言えます。

日本ウォーターズの高性能ベンチトップ型四重極飛行時間型 質量分析計と、LCと高性能MS データを単一のソリューションに統合するソフトウェアプラットホーム「UNIFI 科学情報システム」のイメージ(提供:日本ウォーターズ)

著者プロフィール

fetuin(ふぇちゅいん)
理学博士、ライター、ブロガー

ちまたに溢れる勘違い健康ニュースに呆れ果て、正しい情報を伝えるべくブログ「Amrit不老不死研究ラボ」を始めたのが15年前、最近は、自宅で遺伝子実験を夢見てブログ「バイオハッカージャパン」を更新中。