2015年3月12日、米航空宇宙局(NASA)の磁気圏観測衛星「MMS」が、アトラスVロケットに載って宇宙へ打ち上げられた。

MMSは「地球磁気圏」と呼ばれる、地球を取り巻く地球磁場と太陽風の相互作用によって形作られている領域を詳しく観測することを目的とした、4機編隊の衛星だ。また非公式ながら、それら4機の衛星にはそれぞれ、『ザ・ビートルズ』のメンバーの名前が愛称として付けられている、ユニークな衛星でもある。

MMS (C)NASA

MMSを載せたアトラスVロケットの打ち上げ (C)NASA

地球磁気圏

最近ではスマートフォンなどにも入っている方位磁針は、その針の動きで東西南北の方位がわかる便利な道具だ。方位磁針の針は、必ずN極が北(磁北)を指すが、これは地球がひとつの巨大な磁石になっているためである。そして、その磁力が及ぶ範囲(磁場)も、宇宙空間にまで達するとても巨大なものになる。

その磁場に向けて、太陽からは高温・高速のプラズマ(太陽風)が常に飛んできている。この太陽風が地球の磁場に当たると、太陽風は磁場を避けるように流れ、一方の磁場も太陽風の影響で形を変え、地球の太陽の光が当たらない側、つまり夜側に向けて、吹流しのように引き伸ばされる。この構造のことを「地球磁気圏」という。

地球磁気圏へは、これまでも多くの衛星が打ち上げられて観測が行われてきたが、地球磁気圏の構造や、太陽風とぶつかり合う場所でどのような現象が起きているのか、また地球磁気圏が発端となっているオーロラがどのように発生しているのか、などといったことにはまだ多くの謎が秘められており、MMSの観測で、さらに理解が進むことが期待されている。

ちなみに地球以外にも、水星や木星、土星、天王星、海王星も固有の磁場を持っているため、それぞれ磁気圏を持っている。2016年に打ち上げられる日本の水星探査機「水星磁気圏探査機(MMO)」は、名前からもわかる通り、水星の磁気圏を探査することを目的としたものだ。MMSとMMOの観測により、地球と水星の磁気圏を比べることで、新しい発見が得られるかもしれない。

地球磁気圏の構造 (C)NASA

地球磁気圏を探るMMS

MMSという名前は「Magnetospheric MultiScale」を略したものだ。少し意訳すると「磁気圏をさまざまなスケールで観測する衛星」という意味になる。

MMSは、4機の同型の衛星が正四面体を形作るような編隊で軌道を回ることで、共同観測を行うように造られている。これにより地球磁気圏の構造を、三次元的に、また詳細に観測することができるようになっている。

1機あたりの衛星は平たい八角柱の形をしており、直径は約3.4m、全高は約1.2mで、打ち上げ時の質量は1360kgほど。衛星は毎分3回転するようになっており、これにより姿勢を安定させるようになっている。打ち上げのときはお弁当箱のように4機を重ねてロケットに載せる。

MMSは4機の同型の衛星が正四面体を形作るような編隊で軌道を回る (C)NASA

ロケットへの搭載を待つ4機のMMS (C)NASA

機体には、磁気圏を探るためプラズマ分析器やエネルギー粒子検出器などの機器が搭載されている。また機体の本体からは伸縮のブームが飛び出るようになっており、その先端には磁力や電界を計る機器が取り付けられている。これは衛星からなるべく離れた位置に機器を置くことで、衛星の本体から発生する磁力などの影響を極力防ぐためだ。

計画にはNASAのゴダード宇宙飛行センターをはじめ、非営利の民間研究機関であるサウスウェスト研究所(SwRI)や、ユタ州立大学、ライス大学などの大学が参加している。開発はゴダード宇宙飛行センターによって行われた。

MMSが回る軌道は大きく2種類が計画されており、まず打ち上げから最初の1年半の間は、地球に最も近い高度(近地点高度)が2550km、最も遠い高度(遠地点高度)が7万0080kmの軌道を回り、その後の半年間は遠地点高度を15万2900kmまで上げて運用することになっている。

MMSは、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス社が運用するアトラスVロケットに載せられ、米東部標準時2015年3月12日22時44分(日本時間2015年3月13日11時44分)、米フロリダ州にあるケイプ・カナヴェラル空軍ステーションのSLC-41を離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げ約1時間30分後から、4機の衛星が5分おきの間隔で分離され、軌道に投入された。現在のところ衛星の状態は正常で、観測機器の初期チェックなどが進められている段階にある。

伸展ブームなどをすべて展開したMMSの想像図 (C)Rice University

編隊飛行するMMSの想像図 (C)NASA

宇宙を飛んだザ・ビートルズ

MMSの4機の衛星はすべて同じ形をしているが、それぞれは別の機体として扱われている。公式には1番機、2番機……としか呼ばれないが、非公式に1番機には「ジョン」、2番機には「ポール」、3番機には「ジョージ」、そして4番機には「リンゴ」という、有名なロック・バンド『ザ・ビートルズ』のメンバーにちなんだ愛称が付けられている。

これは衛星の開発時に、関係者の中で「4機の衛星の見分けがつかない」という問題が持ち上がり、「ジョン、ポール、ジョージ、リンゴと名付けるのはどうだろう」という提案があったことが発端だという。関係者の中にザ・ビートルズのファンがいたのだろう。

しかし、「外見が同じなのだから、名前を付けたところで、どれがジョンでどれがポールなのか、結局分からないじゃないか」という根本的な問題があったため、公式には却下され、最終的に衛星の内部にある「スラスト・チューブ」という円筒形の支持構造部に、1番機には黄色、2番機には青色、3番機には緑色、そして4番機にはピンク色の、それぞれ異なる色のラインが入れられることになった。

ただ、今でも非公式には、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴという愛称で呼ばれているようで、またスラスト・チューブに入れられた色が派手なことから、講演会などでは「まるでザ・ビートルズの8作目のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットで4人が着ている衣装のようだ」と、ちょっとした笑いのネタになっているという。

スラスト・チューブに入れられた黄色、青色、緑色、ピンク色のライン。ぜひ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットと見比べて見てほしい (C)NASA/AIAA

この愛称はあくまで非公式なものであり、NASAは公式にはこれらの愛称は認めておらず、NASAから出されるニュース記事や解説記事などにも記載されていない。おそらく名前の使用に関する権利の問題や、またNASAが特定のアーティストを応援しているかのように受け取られる恐れなどがあるためだろう。ただ、前述のように講演会などではおおっぴらに披露されており、宇宙ファンの間でも広く認知されているようだ。

ザ・ビートルズの音楽のように、MMSもまた、今まで私たちが知らなかった、すばらしい世界を見せてくれるに違いない。

参考

・http://www.ulalaunch.com/ula-successfully-launches-nasa-mms.aspx
・http://mms.gsfc.nasa.gov/about_mms.html
・http://mms.gsfc.nasa.gov/science.html
・http://mms.gsfc.nasa.gov/spacecraft.html
・http://digitalcommons.usu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=
2995&context=smallsat