ネット銀行として2001年に開業し、サービスサイト「MONEYKit」を通じて、外貨預金、投資信託、住宅ローンといった個人の資産運用を支援するサービスを提供するソニー銀行。ITの取り組みにも先駆的なことで知られ、開業以来、金融機関に求められる厳格なセキュリティ要件にこたえながら、新しいテクノロジーやサービスを積極的に採用してきた。
そんなソニー銀行が現在取り組んでいるプロジェクトの1つが、銀行業務向けPCのシンクライアント端末への刷新だ。同社は2012年にVMware Horizon Viewを導入し、一般業務向けPCのシンクライアント化を段階的に進めてきた。2015年3月から銀行業務向けPCのシンクライアント化に着手。6月までに銀行業務向けの約700台のシンクライアントを含めた社内約2000台のPCをシンクライアントに切り替える予定だ。
運用管理コストを3分の1に削減
ソニー銀行のシステム企画部長 福嶋達也氏は、一般業務向けPCと銀行業務向けPCをシンクライアント端末へ移行する目的を次のように説明する。
「一義的にはコストの削減です。2011年から検討を開始しましたが、7年のライフサイクルで試算して運用コストが3分の1に、トータルコストでも約2割削減できることがわかりました。もちろん、金融機関としてセキュリティを強固にするというねらいもありました。データをクライアントPCに保持しないため、持ち出しなどのリスクを避けることができます」
一般に、シンクライアント導入の第一の目的はセキュリティであることが多い。福嶋氏の言うように、シンクライアントではデータが端末に保存されないため、外出先でPCを忘れ、そこから重要情報が漏洩されるといったリスクがなくなるからだ。その点、ソニー銀行がユニークなのは、まず第一にコスト削減の効果に注目したことだろう。福嶋氏はこう話す。
「端末1台の単価を見れば、シンクライアントはPCよりも高いでしょう。ただ、仕組みを考えれば、いずれPCより安くなることは明らかです。どのタイミングで切り替えれば、トータルコストが下がるか。われわれにとってそれが2011年だったということです」
「シンプルでエコ」がもたらすメリット
さらに、福嶋氏はシンクライアントがコスト削減につながる理由を次のように解説する。
「構造がシンプルで、エコだからです。まず、物理的な部品が少ない。ファットPCの場合、サーバとクライアントそれぞれに相応の性能を持つCPUやHDDが必要ですが、シンクライアントは基本的にサーバのスペックを確保するだけで済みます。また、駆動部が少ないため壊れにくい。PCが3~5年の間に何度となく部品と本体をリプレースする必要があるのに対し、シンクライアントはネットワーク機器のようにいったん設置したらまず壊れない。導入コストが多少高くても必ずペイする日がくるということです」
シンクライアントは初期導入コストの高さを理由に敬遠されることが多い。だが、サーバ/クライアント・システムは実際の導入や運用のフェーズまでを含めると、キッティングや部品のメンテナンスに多くの時間とコストがかかっている。こうしたことを含めて考えると、シンクライアントのほうが2~3割安くなる計算だ。実際、システム企画部 マネージャーの高橋明氏は、当時行ったコスト試算について、次のような数字を示す。
「シンクライアントに移行することで、PCのキッティング作業は67%の削減が見込まれました。同様に、ソフトウェアのインストール作業は43%、資産管理作業は25%、ヘルプデスク作業は33%の削減されることがわかりました。導入は効果を検証しながら段階的に進めましたが、実際にこうした効果を上げることができました。PCの故障発生件数がほぼゼロになったことも非常に大きいです。また、ネットワーク帯域をうまく使えるようになり、トラフィックが10%削減できたことも予想以上の効果でした」
そもそも、PCが安いのは、マーケットでボリュームがあり、その分安く提供できるからだ。この点について、福嶋氏は「構造がシンプルでエコという観点で見ると、シンクライアントは普及とともに提供価格が下がる」と見ている。2011年の時点で採用を決めたのも、その予測が現実になることを見越したからでもある。
もちろん、コスト以外のメリットも多い。人事異動にともなった座席の移動が多いが、銀行業ということもあり、PCにはワイヤーロック付きで移動が手間だった。シンクライアント移行後は、機器に手を触れずに、人だけが移動すればよくなった。また、設置面積も減ったほか、筐体が小さく発熱も少ないため、机の上を有効に活用にできるようになった。
移行時のトラブルは皆無、切り替え作業もスムーズ
一方、課題はなかったのか。かつては、シンクライアントの導入でユーザーの混乱を招くことも少なくなかった。例えば、オフィス内に置かれたプリンターへの出力に滞ったり、始業時間とともにネットワーク負荷が高まってレスポンスが遅くなったりといったことだ。だが、こうしたトラブルは一切なかったという。実際の導入に携わったシステム企画部 の西林夏子氏は、シンクライアントに関する技術的な問題のほとんどは解決されていると説明する。
「製品選定の際にいくつかの製品を比較検討しましたが、どの製品も機能や性能が不足して困るといったことはありませんでした。サーバが仮想環境として構築されているので、シンクライアントの導入作業は仮想サーバをコピーするだけで済みます。スケジュールが決まればあとは実施するだけ。PCからシンクライアントへの切り替えもスムーズで、ユーザーをサポートするための特別な作業も不要でした」
段階的に導入したこともよかったようだ。レイアウト変更やネットワーク変更といった、部門スケジュールに合わせて、まず300台を導入し、さらに、効果を検証しながら、その後700台といったように、1年ごとに少しずつ台数を増やしてきた。台数増加に合わせてサーバを増強するなど、業務に支障がでないような工夫も行った。また、端末はデルのシンクライアント端末「Dell Wyseシンクライアント」、サーバもデル製を導入し、SI構築もデルに委託するなど、同一ベンダーの同一機種にまとめることで予想外の障害を避ける工夫も行った。
西林氏は「困ったことと言えば、シンクライアント導入に合わせて、Windows XPからWindows 7への移行とOfficeのバージョンアップを実施したのですが、新しいOfficeのUIにとまどう声が多かったことくらいです」と振り返る。
"自由闊達で愉快な"リモートワーク環境
3月から開始する予定の銀行業務向けのPCも、これまでと同様の手順で進める予定だ。銀行業務向けは、一般業務向けPCとは別のネットワークで管理されていて、利用するアプリケーションが異なるという違いはある。ただ、これらはサーバ側が対処できるため、基本的には同じように行えるという。
福嶋氏は「6月までに銀行業務向けPCの移行がすめば、特定業務向けのPC以外はすべてシンクライアント端末となります。現在は、この基盤を有効に活用するための次の施策を練っているところです」と話す。
次の施策の1つが、リモートワーク環境の整備だ。昨年の10月、部長職、役員層約20名を対象にXperiaタブレットを配布した。そのXperiaを使って外部から社内のサーバの情報にリモートアクセスできる仕組みを整え、現在、効果を検証しているところだという。外出先などから業務の決裁ができるようにしており、海外からも利用できるので、部内の業務が停滞することがないと評価を得ている。
「ソニー銀行が企業理念に掲げる『自由闊達で愉快な業務環境』を反映した職場環境が作れないかと考えています。働き方はさまざまですので、それぞれの事情に応じてしかるべき環境を提供していきたいと思います。まずは、特定の役職者を対象に配布して定着してくれば、在宅勤務でのリモートワークやモバイルワークなどを検討していきます」(福嶋氏)
コスト削減を目的に始まったシンクライアントへの移行プロジェクトもいよいよ佳境を迎える。次の施策では、シンクライアント化によりもたらされた基盤や予算を使って、"ソニー銀行らしい働き方"の実現が視野に入ってくる。福嶋氏は「金融機関としてのセキュリティを保ちながら、柔軟な働き方ができる銀行にしていくつもりです」と今後を見据えている。