2020年の東京オリンピック開催に向け、観光業界では訪日外国人を「おもてなし」するための準備が急務となっている。数ある観光施策において、特に注目を集めているものの一つが、スマートフォンやタブレットなどの「スマートデバイス」を用いた観光案内サービスである。

2015年2月10日、「位置情報を用いた次世代の集客施策」をテーマに、「スマートデバイス活用セミナー」が東京都千代田区にて開催された。当日は、国内では数少ない、自社での地図データ整備と地図サービスの開発・提供を行うインクリメントP社による講演が行われ、観光事業を支援するために最新の位置情報ツールをいかに活用していくかが語られた。本記事では、来場者に好評を博したこの講演をレポートする。

急速に増え続ける訪日外国人。観光業界で生き残るためには対策が急務

インクリメントP株式会社 第2事業部 ソリューション企画担当
秋本和紀氏

はじめに、インクリメントP株式会社 第2事業部 ソリューション企画担当 秋本和紀氏が登壇し、観光業界の現状について、数字をもとにした説明がなされた。同氏が示したデータによると、2003年に521万人だった訪日外国人が、2013年には1036万人と倍増している。さらに、観光庁は、2020年の東京オリンピックに向け「2000万人の高み」を目指すと宣言しており、今後も訪日外国人数が増加し続けることは確実視されている。

スマートデバイス端末の普及で進む観光のICT化

こうした見通しの中で、現在、増加する訪日外国人への対応として特に注目されている施策の一つが「観光のICT化」である。具体的には、スマートフォンなどのモバイル端末を利用した観光案内サービスなどが挙げられる。 かつて旅行者は、紙に印刷された地図やガイドブックなどを手に観光地を巡るのが常であったが、現在ではGPSと地図情報を表示させたスマートフォンを手にして観光を楽しむケースが増えている。こうした、テクノロジーの進化に伴って変化する旅行のあり方を見つめ、旅行者にとってより満足感の高い体験をもたらすことが、観光のICT化の目的である。

しかしながら、こういった施策について、訪日外国人をターゲットとした場合、2つの大きな課題が存在する。それは「多言語対応」と「ネットワーク環境の違い」であると、秋本氏は語る。

観光のICT化に立ちはだかる言語とネットワーク環境の壁

2011年に観光庁が実施したアンケートによると、訪日外国人が困ることとして「言語の違いによるコミュニケーションの壁」という項目が上位に挙げられている。あるいは、交通機関の紹介や観光案内などの情報をつぶさに翻訳することで、これらの悩みを解決することができるようにも思うが、その際に、英訳のみ併記すれば良いわけではない。

「現在、日本にやってくる外国人観光客の8割はアジア圏の人たちです。英語はもちろん、韓国語、中国語2種類(簡体、繁体)と、最低でも4言語に対応させる必要があります」(秋本氏)

もう一つの大きな課題が、ネットワーク環境である。日本から海外へ渡航する際、携帯電話の利用においては、キャリアが提供する3Gや4Gなどの通信回線は使わず、渡航先の無線通信環境を利用する場合が多い。逆に、日本を訪れる外国人観光客にとっては、国内のWi-Fi環境の整備が急速に進められているとはいえ、海外と比較すると無線を自由に利用できる環境が整っていない傾向にあるため、オンラインのサービスがそもそも訪日外国人に利用されにくい傾向があるそうだ。

「このような課題を解決するために、我々はオフライン対応の地図アプリを開発できるSDK(MapFan SDK)と、多言語表記地図をウェブサイトやサービスに組み込めるAPI(MapFan API)を提供しています」(秋本氏)

地図サービスを利用したスマートデバイス活用術

インクリメントP株式会社 第2事業部 法人向けソリューション担当
野村弘一氏

これらのソリューションについて、インクリメントP社 第2事業部 法人向けソリューション担当 野村弘一氏から、デモによる具体的な活用事例が紹介された。 まずは、完全オフラインに対応した多言語地図アプリが紹介された。これはスマートデバイスのカメラとセンサーを利用し、ARで進むべき方向を表示して目的地までのナビゲーションを行うアプリである。 また、ウェブサイトなど、クラウドサービスに地図を組み込むことが可能な、同社が提供する多言語対応したAPIを用いて、言語表示を変更するデモも紹介された。なお、このAPIは無償のテスト利用も可能とのことである。 これらの技術を利用することで、訪日外国人対応に重要な多言語対応およびネットワーク環境不足をいずれもクリアした、オリジナルの「おもてなしサービス」を実施することが可能となる。

ご当地キャラが現実の風景上で道案内を行う。地図を苦手にしていても、ARによる動的な案内で迷わず探索が可能

登録された観光情報の中から、目的地を選択すると、左図のナビゲーションが開始される

多言語対応の一例。マップの見た目はそのままに、韓国語へ変換された様子

表示される地図は、様々なデザインに変更すべくフルカスタムが可能となっており、上記はその例。古地図風(左)、RPG風(右)などのデザインにすることも可能

旅行の楽しさを提供する「地図職人」のこだわり

イベントでは、インクリメントPが提供するもう一つの特徴的なソリューションである「イラストマップサービス」についての紹介も行われた。これは、観光案内やパンフレット、看板などに利用されているイラストマップをそのままの形でスマートフォンで案内地図に活用できるサービスである。その際、イラストが単に表示されるだけではなく、GPS対応をさせることが可能となっている。また、同サービスでは、実寸で作成されていない地図にも対応するため、既に自治体で所有している手描きマップなどの資産を、ほぼそのままの形で活用することが可能だ。

「デフォルメされた地図でも表示できるように、弊社の地図職人が緯度経度の位置合わせを行います。観光に来た方々も、無機質な地図よりも、趣のあるイラストマップの方が楽しく観光できるでしょう。我々のような地図会社にとって、観光という分野は決して外すことのできない大きな存在です。これからも旅行の楽しさを伝えるために、さまざまな地図サービスを提供していきたいと考えています」(野村氏)

インクリメントP社が提供するイラストマップサービスで、デジタル化されていない地図情報をスマホ対応させることができる