2002年にオーストラリア・シドニーにて創業し、事業開始当初からグローバル展開していたアトラシアン。現在同社はプロジェクト管理ツールの「JIRA」やコラボレーションツールの「Confluence」といった開発者向けの製品を、世界135カ国4万社以上に提供している。

そのアトラシアン 共同創業者 兼 Co-CEOであるScott Farquhar氏の来日を機に、プログラミング言語「Ruby」の開発者であるまつもとゆきひろ氏と対談する機会を設けた。開発者同士である2人はすぐに意気投合し、ソフトウェアの世界に対する思いを熱く語り合った。

アトラシアン株式会社 Co-CEO Scott Farquhar氏(左)
まつもとゆきひろ氏(右)

アジア市場への投資を拡大するアトラシアン

まつもと氏:私がチーフアーキテクトを務めるHerokuでも、御社のコラボレーションツール「Confluence」とチャットツール「HipChat」を使っていますよ。ビジネスは順調のようですね。

Farquhar氏:ありがとうございます。私たちはオーストラリアに本社を構えていますが、本国で最初の顧客がつく前に、すでに世界30カ国にて製品を販売していました。通常シリコンバレーで起業すると、カリフォルニアだけでも市場が大きいため事業も成り立ちますが、オーストラリアのIT市場はそれほど大きくありません。ですから私たちは最初から海外展開する必要があり、今では日本を含め、世界10カ国にオフィスがあります。また当初は北米でのビジネスがメインだったのですが、今はアジアでの成長が著しく、アジアへの投資にも注力しています。

まつもと氏:今後、日本ではどのようなビジネスプランをお持ちですか?

Farquhar氏:たくさんの新しいものがありますが中でもHipChatはアトラシアンにとってとても大きな存在です。日本でもチャットツールが受け入れられるといいのですが。

まつもと氏:日本でもSkypeなどが浸透していますから、受け入れられると思いますよ。

Farquhar氏:ほかにも、各製品のさまざまな機能を統合しようとしています。例えば、次期バージョンのJIRAでは、コードやチケット、ビルドなどがより統合されてプログラムダッシュボードのようになる予定です。

「一生プログラマーであり続けたい」とまつもと氏

Farquhar氏:ところでRubyを開発してからもう20年経つんですよね。

まつもと氏:開発を始めたのが1993年で、ネット上に公開したのが1995年ですね。

Farquhar氏:1人で開発したものを公開し、突然皆に使われるようになりました。そして20年後もいまだ利用され続けているという現状について、お気持ちはどうですか?

まつもと氏:悪くないですね(笑)。プロジェクトを始めた理由は、単に個人的な趣味で自分の言語を作りたかっただけなんです。それが、公開すると突然たくさんの人が興味を示し、いろんなプロジェクトで使われるようになりました。

Farquhar氏:これまでRubyが使われたプロジェクトで一番変わったものは何ですか?

まつもと氏:トロイの木馬でRubyが使われたことでしょうか。この件で、アンチウイルス製品がRubyそのものをウイルスと定義してしまったことがありました。シグネチャを削除してもらうのに数カ月かかりましたよ。

Farquhar氏:1990年代は新しい言語がほとんど登場しませんでしたね。もし今、新しい言語から何かヒントを得るとすればどの言語でしょう?

まつもと氏:最近インスピレーションを受けた言語は、Clojure、Scala、Swift、Goなどです。ClojureやScalaといった関数型言語は、新しいプログラミングのスタイルを教えてくれます。

Farquhar氏:まつもとさんは本の執筆やコンサルティングも手がけていらっしゃいますが、それをビジネスにしようとは思わないんですか?

まつもと氏:思いませんね。お金の勘定をしつつビジネスプランを作ってマーケティングするといったようなことに興味はありません。私は一生プログラマーであり続けたい。プログラミングから卒業したくないんですよ。今、こうしてフルタイムでRubyに関わっていられることに満足しています。

Farquhar氏:プログラマー成功の物差しとしては非常にいい指標ですね。名前の知られたプログラマーは世界でも限られていますから、まつもとさんの成功はすばらしいと思います。

コンテナによって変わるソフトウェア開発

まつもと氏:オープンソースソフトウェア(OSS)についてどう思いますか?

Farquhar氏:アトラシアンはOSSの巨大ユーザーで、OSSなしに私たちは存在しないと言ってもいいでしょう。JIRAも、LuceneやデータベースドライバーなどさまざまなOSSがなければ開発できませんでした。また私たちは、OSSプロジェクトにも貢献しています。6~12個程度のプロジェクトには貢献できたと思います。

さらには、OSSプロジェクトにて私たちの製品を使うこともあります。商用製品を無料でOSSプロジェクトに提供したのは、アトラシアンがおそらく初めてです。これはいいマーケティングにもなっています。

まつもと氏:アトラシアンの製品はどんな言語を使って開発されているのですか?

Farquhar氏:ほとんどはJavaで書かれていて、一部はScalaも使っています。ただ、今ではコンテナがあるので、ほかにもRuby、Node.js、Clojureなど、言語に縛られることなく何でも使えますね。

まつもと氏:今後のソフトウェアの世界をどう見ていますか?

Farquhar氏:コンテナが重要だと思っています。コンテナさえあれば、プログラミング言語やデータベース、実際にデプロイする環境などはあまり関係なくなります。そのため、数多くのサービスをより簡単に開発できるようになるのです。5~7年後の間には、私たちの出荷する製品はすべてコンテナ化されているでしょう。

まつもと氏:コンテナといえば、Rubyには「Bundler」というライブラリ管理ツールがあり、これがソフトウェアベースのコンテナのような役目を果たします。Rubyのインタプリタやライブラリなど、すべてBundlerに入れておくと、バージョンの違いで動かなくなるといったことがなくなるのです。

Farquhar氏:エンドユーザー側における今後のソフトウェアの使い方としては、アトラシアンのお客様事例をお話ししたいと思います。Cochlear社は、耳の不自由な人のために耳の内部に埋め込むインプラントを開発しているのですが、インプラントを定期的に取り出して製品をアップグレードすることはできませんよね。そこでCochlearでは、アップグレードをすべて外部のソフトウェアから行っているんです。

このようなソフトウェアの使われ方は、自動車業界にも見られます。テスラモーターズもさまざまなパーツをソフトウェアで制御していますよね。以前同社の車は、アクセルから足を離すと後ろに下がってしまうというマニュアル車のような仕組みになっていたのですが、それだと坂道の多いサンフランシスコの住人が困ってしまう。そこでテスラでは、ソフトウェアアップデートを配信し、アクセルから足を離しても後ろに下がらないよう修正しました。私も以前テスラの車に乗っていたのですが、随時ソフトウェアアップデートが配信され、改善点がリリースノートとしてメールで送られてきましたよ。

このように、どんな業界でもソフトウェアによってディスラプション(破壊)が起こるのです。いま例を挙げたメディカル業界や自動車業界だけでなく、今後さまざまな分野でディスラプションが進むでしょう。