昨年末、3秒でエビフライを作る装置の動画がネット上で話題になった。CGを使わず全て実写で、とんでもない装置が瞬時にエビフライを完成させる。50年以上続く老舗料理番組「3分クッキング」を模してスタートするその動画は、あのNTTドコモがYouTube公式チャンネルで公開したプロモーション映像だ。

訴求テーマはドコモが提供する「フルLTE」だが、動画の中にスマートフォンは登場しない。動画そのもののインパクトと共に、NTTドコモがこの映像を作ったこともまた大きな驚きを持って受け止められた。

動画の再生回数は1200万回を超え、海外からの視聴も多いという。「常に優等生なクラスメイトが文化祭ではじけたら異様に面白かった」といった印象と言ってもいいが、ドコモに一体何があったのか。「3秒クッキング」を中心に、NTTドコモのWebプロモーションについて話を聞いた。

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採用理由は「一番ドコモらしくなかった」

企業の情報発信にSNSや動画が多用されるようになった現在。NTTドコモでもTwitter、Facebook、LINE、そしてYouTubeに公式アカウントを持ち、様々な情報を発信している。YouTubeではテレビCMや発表会の模様を紹介しているほか、Web独自のプロモーション動画を制作し配信を行っている。

NTTドコモ プロモーション部
メディア担当課長 加賀尾 淳氏

同社 プロモーション部 第一制作担当主査 深田 大介氏

同社 プロモーション部 第一制作担当 田辺 浩士氏

深田氏「いかに話題作りを行うか、特に10代~20代の若い人がどうしたら拡散したくなるのか、そういう観点でプロジェクトをスタートしました。いろいろな企画がある中で『3秒クッキング』がズバ抜けて突拍子もなかった。一番"ドコモらしくなかった"ので、これなら話題になると考えました」

この動画はYouTubeの公式チャンネルだけで公開されたもの。テレビ放映が前提となっては「かなり過激」(深田氏)であるため、ネットだからこそ実現できたと言える企画だ。

YouTubeのドコモ公式チャンネル。テレビCMやプレゼンテーション映像なども

加賀尾氏「フルLTEの速さを体感できるような映像を作りたいと考えてこの内容になりましたが、もう一方で、10代20代の方にドコモっていいね、面白い企業だねと思っていただける、プレゼンスの向上にも寄与して欲しいという考えもありました」

当初は100万回再生を目標に動画が公開されたが、公開3日で400万回と関係者も驚く数字を獲得することになった。この動画を見てNTTドコモという企業の印象に新しいピースが加わった人も多いだろう。

再生回数は100万回を大きく超える結果に

田辺氏「最初は良い意味で『酷い』とか『なんだコレ』という反応で、それをフックに拡散していきました。多かったのが『ドコモが?』というコメント。同じようなことをしても他の企業さんと我々とでは全く印象が違うだろうと思っていたのですが、まさにその声が多く挙げられました」

本来のテーマである「フルLTE」の訴求については、「どこかで最終的にそうと分かってもらえれば、結果としてはいい」(田辺氏)という考えだ。

レシピ画面では「LTEレーン 2レーン」をさり気なくアピール

過激な内容であるだけにネガティブな反応も予想していたが、実際にはほとんどがポジティブな反応だったという。

田辺氏「正直なところ、思った以上に拡散したので怖かったんです。でも、過去の作品と比べてもネガティブな反応の比率が低く、やはり面白いものができればちゃんと評価していただけるのだと。今後の施策のいい指標になったのではないかと思います」

深田氏「押し付けではなく、受け取った側が発見したり人に教えたくなる、"自走する"プロモーションにするにはどうしたら良いか、昨年あたりから考えるようになりました。この事例は『フルLTE』が伝わったかどうかは別にして、話題が一人歩きする部分では非常に良い成果が得られたと思います」

関係性を深めるためのSNS

同社ではYouTube以外にもTwitterとFacebook、LINEで公式アカウントを運用している。これらを管理しているのは、コーポレートサイトを運用しているマーケティング部だ。

寺脇氏「オウンドメディアとしてのコーポレートサイトの運用に加え、アーンドメディアとしてのSNSをしっかり運用していく必要があると考えていました。Twitterを2010年12月から、Facebookを2011年6月から始めており、昨年よりプロモーション部と共同で話題作りをしていこうということで、運用体制を大きく変えたところです」

NTTドコモ マーケティング部 WEB担当主査 寺脇 正光氏

同社 マーケティング部 WEB担当 小崎 裕介氏

公式アカウントは、マーケティング部2人とプロモーション部3人が携わり、毎週どんな記事を載せるのか、どんな出し方をするのかといった活動内容をミーティングで決めているという。ここにはサービスやキャンペーンの情報だけでなく、過去に話題になった携帯電話端末などを紹介する「携帯の歴史」や、ドコモダケが季節の話題を提供する連載なども投稿される。

寺脇氏「『携帯の歴史』の連載ではいいね!やコメントがこれまでの倍以上付きます。『これ持ってた』や『こんなふうに使ってた』というコメントから、お客様同士の会話が生まれることもあります。我々がキャンペーン情報を押し付けるよりも、お客様同士で楽しんで語ってもらえることが良いと思っています」

ドコモダケの可愛い写真が楽しめる季節テーマの投稿

「携帯の歴史」連載には特に「いいね」やコメントが多い

こうしたアカウント運用を始めたのには理由がある。運用開始当初の2012年とは、企業アカウントに求められるものが変わってきていることだ。

寺脇氏「当初はどの企業も一方的にプロモーションに使うことが多かったと思いますが、お客様がSNSを使い慣れていく中で、徐々に企業・お客様間でのコミュニケーションや、関係性の構築が求められることが分かってきました」

売れるかどうかよりも、関係性を深められるかどうかという方向に舵を切ったことが良い結果を見せているという。また、それぞれのサービスの特性によって内容も使い分けるなど、利用者に合わせた配慮がなされている。

小崎氏「Twitterは"拡散を狙える情報"が中心です。Facebookでは文章量を増やせるので、理解したり読んで共感してもらえるコンテンツを載せています。LINEはプッシュで配信され、メリットがないと見ていただけないため、お客様が参加しやすくお得感のある情報を選んで送る方針にしています」

シェアしたくなる情報を中心にした公式Twitterアカウント

Facebookでは文字数を使い読んで楽しめる投稿も

プッシュ通知されるLINEではお得感のある情報を配信

他にもドコモはサポート部門が運用するカスタマーサービスアカウントや、dビデオ・dアニメストア等が運用するサービスごとのアカウントもあるが、こちらは「継続的にお客様とコミュニケーションできること、お得感やいいなと思える情報をしっかり出すこと」(寺脇氏)を共通の指針とした上で、各部門の中でそれぞれの特徴を活かした運用が行われているという。

ドコモ公式のサポートアカウントでは、いわゆる"アクティブサポート"を行っている

ドコモ「らしさ」と「らしくなさ」

今回うかがった話のように、ドコモのWebマーケティングにはこれまでと違う一面が見られるようになっている。それは突然の思いつきで始まったことではなく、世の中の潮流や利用者側の変化を見定めた上で行われている取り組みなのだ。

深田氏「常に我々が狙った通りにいかない部分もあります。しかし、一人でも多くの方にドコモのファンになってもらい、その中で一人でも多くドコモを選んで長きに渡ってお使いいただくのが究極の目標だと思うんです」

丁寧に展開するSNSも、大きなヒットになった「3秒クッキング」も、手段は違えど目指す方向は明確に共有されていることが分かる。

加賀尾氏「私達も面白いことはいろいろと考えているのですが、基本的には真面目というか、多分あまり上手くない。まだ不慣れな部分もありますが、世の中の変化も流行り廃りも早い中で我々として何ができるのか、本当によく考えてやっていかなくてはならないと思います。」

SNSでは、硬軟織り交ぜながらも、真摯な運用姿勢にドコモらしい真面目さが見える。一方で、これまでのドコモ「らしさ」があればこそ、「らしくなさ」がもう一つの武器になり得ることが今回の「3秒クッキング」で証明されたと言えるだろう。

「3秒クッキング」は大きな反響を受け、2月27日に新作「爆速餃子編」が公開された。多くのネットユーザーとの関係性の中で、NTTドコモという企業が、これからもどのような価値や驚きを提供してくれるのか注目したい。