情報通信研究機構(NICT)は2月25日、ヒトの協力行動における前頭前野の機能を解明したと発表した。
同成果はNICT脳情報通信融合研究センターの春野雅彦 主任研究委員らによるもので、米科学誌「The Journal of Neuroscience」の2月25日号に掲載される。
なぜヒトは協力するのかという問題に対しては近年まで、「自分の取り分を増やしたいと活動する古い脳(皮質下)の働きを、理性的な新しい脳(前頭前野)が抑制して協力が生じる」という説が有力視されていた。春野主任研究員らは2010年に行った研究で、皮質下に位置する扁桃体が「不平等」に反応し、その活動が協力行動の個人差に関係することを報告しており、従来説が必ずしも正しくないことを示していた。一方、前頭前野が協力行動に関わるという報告も多くあり、その機能は謎とされていた。
今回、春野主任研究員らは近年の経済学で「不平等」とともに重要性が指摘されている「罪悪感」に着目し、41名の被験者に、新たに考案した信頼ゲームを行わせ、この時の脳の血流をfMRI装置によって観測した。
このゲームは2名のプレイヤーA、Bがペアになって行う。まず、Aがゲームへ参加するか不参加かを決定し、次にBが協力するかどうかを決める。それぞれのプレイヤーは選択に応じて異なるお金が配分される。なお、参加を選ぶAはBが協力するかどうかの期待確率を答える。つまり、Bは協力する場合としない場合の両プレイヤーへの配分額とAの期待度を知った上で行動を決めることになる。
配分額はAの場合、"Bが協力した時"が最も多く、次に"Aが参加しない場合"、"Bが協力しない場合"の順で設定。一方、Bの配分額は、"Aに協力しない時"が最も多く、次に"Aに協力するとき"、"Aが参加しない時"の順になるように設定した。したがってAが参加を選択した場合、一番多い配分額を期待してBの協力に信頼を寄せることになる。また、Bは"協力しない"を選択した場合、Aの信頼を裏切り、高い配分を受けるので「罪悪感」を感じる事になる。同研究では、配分額をゲームごとに変更することで、プレイヤーBが感じる「不平等」と「罪悪感」の程度を操作できるようにした。
これにより得られたデータを解析したところ、右前頭前野の活動が「罪悪感」と、扁桃体と側坐核の活動が「不平等」と連動していることが判明した。これは行動決定における前頭前野の機能が「罪悪感」の計算であることを示唆している。
研究ではさらに、22名の別の被験者に対し、前頭前野へ電流刺激を行いながら信頼ゲームを実施し、電流刺激を行わなかった場合と比較した。電流刺激によって「罪悪感」に基づく協力行動が増加するのに対し、「不平等」に基づく協力行動は変化せず、右前頭前野の脳活動が示す「罪悪感」と協力行動の間の因果関係が示された。
同研究グループは今回の知見について、ヒトに固有な大規模な社会やコミュニケーション能力が進化したメカニズムの理解や社会認知と深く関係する発達や精神疾患の類型化に貢献することが期待されるとしている。