赤外線波長帯で、星間空間に存在する大きな有機分子による微弱な吸収線を、東京大学大学院理学系研究科の大学院生の濱野哲史(はまの さとし)さんと小林尚人(こばやし なおと)准教授、京都産業大学神山(こうやま)天文台(京都市北区)の河北秀世(かわきた ひでよ)台長らが新たに15本発見した。神山天文台に設置した次世代の高感度赤外線分光器WINERED(ワインレッド)を用いて星のスペクトル上の微弱な吸収線を高精度に捉えることで、検出が初めて実現した。星間空間に存在する大きな有機分子の研究を飛躍させる成果といえる。2月20日付の米科学誌The Astrophysical Journalオンライン版に発表した。

図. WINEREDで観測された2つの星のスペクトル(左)と観測の概念図(右)。星間物質による減光が無いリゲルという星のスペクトル(上)と、星間減光を受けているHD20041という星のスペクトル(下)を表示。HD20041のスペクトルのみに、視線上の星間物質中に含まれる有機分子による非常に微弱な吸収線「DIB」(赤線)が検出される。(提供:東京大学、京都産業大学)

写真. WINERED(左)と神山天文台口径1.3m望遠鏡(右)の写真。(提供:東京大学、京都産業大学)

星間物質の背景に位置する星のスペクトル上には、「ぼやけた星間線」と呼ばれる微弱な吸収線が多数検出される。これは星間物質中の大きな有機分子による吸収線であると考えられているが、それらの有機分子はまだよくわかっていない。その解明には、赤外線による観測が必要となる。しかし、分光器の性能などのさまざまな困難により、赤外線波長帯による系統的な観測はこれまで十分になされていなかった。

観測している星と観測者との間に星間物質がある場合、その星のスペクトルには星間物質に含まれる原子・分子やそのイオンによる吸収線が検出される。星のスペクトル上の「影」を見ることで、星間物質の組成や密度などを調べることができる。既知の原子や小さい分子による吸収線のほかに、幅が太いという特徴を持った「ぼやけた星間線」(DIB)と呼ばれる、微弱な吸収線が検出される。このDIBを引き起こしている物質は、その発見以来約1世紀も解明されていない謎で、天文学で最も古い「未解決問題」のひとつになっている。

現在では、さまざまな観測の証拠から、星間空間に存在しているベンゼン環からなる芳香族炭化水素や、多数の炭素原子で構成されるフラーレンといった大きな有機分子が最も有力視されている。DIBを引き起こす物質を解明すれば、星間空間における有機分子の多様性、普遍性への理解が飛躍的に進むことが期待されている。

研究グループは世界最高感度の次世代赤外線分光器WINEREDを開発して、京都産業大学の神山天文台の口径1.3m望遠鏡に搭載し、2013年11月から観測を始めた。0.91-1.36µm(マイクロメートル)の赤外線波長帯で、25天体を観測して、赤外線による「ぼやけた星間線」の系統的な探査を世界で初めて実施した。星間物質で減光される現象が、透過率が高い赤外線では少ないため、赤外線の波長帯を観測に使った。この観測で15本のDIB吸収線を発見した。INEREDが観測範囲とする赤外線波長帯では、これまで5本のDIBしか見つかっていなかった。今回の観測でその数は飛躍的に増え、WINEREDの威力を示した。

小林尚人准教授は「赤外線波長帯でDIBの高精度な観測が初めて可能になったことを実証した。この研究は、最高感度のWINEREDによる初期観測から得られた成果で、現在、100天体以上を観測する世界最大規模の赤外線DIBサーベイを進めている。今後、これまで観測が難しかった分子雲などの減光の大きい多様な環境でDIBを詳しく調べて、大きな有機分子の生成過程、さらには宇宙での『生命の起源』研究の手がかりも得たい」と話している。