日本を代表する物理学者だった外村彰(とのむら あきら)氏(1942~2012年)が執念を燃やし続けた原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡が埼玉県鳩山町の日立製作所(日立)基礎研究サイトで昨年完成して稼動を始め、世界最高レベルの分解能の43pm(pはピコ、1兆分の1)を達成した。ミクロの世界を追い求めてきた顕微鏡の歴史に1ページをしるした。日立中央研究所の明石哲也(あかし てつや)技師、長我部信行(おさかべ のぶゆき)前所長、外村彰氏らが2月17日付の米科学誌Applied Physics Lettersオンライン版に発表した。

写真1. 埼玉県鳩山町の日立製作所中央研究所基礎研究サイトに完成した原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡装置(提供:日立製作所)

この電子顕微鏡は2010年から、政府の最先端研究開発支援プログラムの助成を受けて約60億円の予算を投じ、最新の技術を結集して開発された。さまざまな点で世界最高である。1.2メガ(メガは100万)ボルト(MV)の安定した加速電圧を備え、ナノメートル(ナノは10億分の1)以下の原子の配列をくっきり見ることができる。

写真2. 原子分解能・ホログラフィー顕微鏡で観察した窒化ガリウム(GaN)結晶、分解能は44pm(提供:日立製作所)

日立が東京大学と共同で2000年に開発した1MVホログラフィー電子顕微鏡を一回り巨大化し、電子線の波長を短くして、分解能は3倍に上げた。画像のぼけを修正する球面収差補正器を超大型電子顕微鏡に初めて搭載するなど、数々の技術的な工夫を凝らして、総合力でほぼ目標通りの分解能に到達した。

原子レベルで観察するため、電子ビームや試料に対する振動、音響、磁場などの外部からの乱れ要因を極限まで抑えた。頑強な建屋を建設し、音響に対しては建屋内に吸音材を貼り付け、精密な室温制御、磁気シールドの機能を有する特殊な合金で電子顕微鏡装置の周囲を覆った。極超真空技術も開発し、10時間以上、無調整で電子ビームを安定して放出できるようにした。

どのくらい微細な構造をカメラに伝達できるかを示す性能を、タングステンの単結晶の試料で検証した。球面収差を補正した状態で世界一の分解能となる43pmの結晶構造を捉えた。また、撮影した窒化ガリウム(GaN)結晶の顕微鏡像で44pm間隔のGa原子を分離して観察できた。こうして、試料の構造や電磁場を原子レベルで観察・計測できる性能を実証した。電子顕微鏡の分解能の世界記録はこれまで45pmで、それをわずかに超えた。

日立の研究者だった外村彰氏が1978年に世界で初めて実用化した電子線ホログラフィーが この装置の基盤になった。外村氏は電子線ホログラフィーで、電子が繰り広げるミクロの量子力学現象を可視化して物理学に大きな影響を与えた。原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡は外村氏が構想を立てて、建設を進めた。完成する前の2012年5月にすい臓がんで亡くなった後は、共同研究者の長我部信行氏らが引き継いで完成にこぎつけた。

日立中央研究所は「理化学研究所など世界の研究機関と連携して、この原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡を活用し、高性能磁石や大容量二次電池、超低消費電力メモリデバイス材料、高温超伝導材などの機能を発現させている原子レベルの電場や磁場の量子現象を解明していきたい。量子力学や物性物理などの発展と持続可能な社会を支える新材料の開発に貢献していく」としている。

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