われわれの太陽系は超高速のプラズマの流れ、太陽風の中にある。太陽風は地球を含む惑星の環境に大きな影響を与え続けている。その太陽風が太陽半径の5倍程度離れた距離から急に加速される様子を金星探査機「あかつき」で観測するのに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所(神奈川県相模原市)の今村剛(いまむら たけし)准教授と大学院生の宮本麻由(みやもと まゆ)さんらが成功した。長年謎だったコロナ加速問題を解く鍵を得た。東京大学、名古屋大学、京都大学などとの共同研究で、米科学誌アストロフィジカルジャーナルの6月20日号と12月10日号に発表した。
図2. 金星探査機「あかつき」を使った太陽風観測の模式図。「あかつき」から発信した電波は太陽風を通過すると変化する。この変化を解析して、太陽風の速度を測ったり、太陽風内の密度変動を捉えたりできる。(提供:JAXA) |
「あかつき」は2010年5月に種子島宇宙センター(鹿児島県)からH2Aロケットで打ち上げられ、10年12月に金星周回軌道への投入を目指したが、エンジントラブルで軌道投入に失敗して、15年度後半に金星周回軌道への再投入を目指して太陽系を公転している。研究グループの今村剛准教授は、あかつきが11年6月に地球から見てほぼ太陽の反対側を通過することに気づいた。「これはめったにない太陽風観測のチャンス」として11年6月6日から7月8日にかけて16回、各6~7時間、電波観測をした。「あかつき」でも、「転んでもたたでは起きない」という日本の宇宙科学研究の粘り強い気風が息づいていた。
約6000℃の太陽表面の周りには、100万℃にも達する高温のプラズマのコロナが広がっている。この高温のコロナが太陽風を作りだしていると考えられる。しかし、探査機が直接近づいて観測するには温度が高すぎ、望遠鏡で調べるにはプラズマが薄くて暗すぎるため、プラズマの希薄なガスがどのように加速されるか、観測する手段はなかった。一度は失敗した「あかつき」が生き続けて、その千載一遇のチャンスをもたらした。
地球から見て太陽の反対側を通過する「あかつき」で発信された周波数の極めて安定した電波が太陽近傍の太陽風を横切って地球に届くのを、臼田宇宙空間観測所(長野県)で受信した。この観測期間の太陽の活動を監視するため、太陽観測衛星「ひので」で同時に太陽を観測した。太陽から吹きだす太陽風を通過してきた「あかつき」の電波観測データを詳しく解析して、太陽近くの太陽風の実体に迫った。
その結果、太陽風の秒速は太陽近くで30~60kmと比較的遅いが、太陽半径の5倍あたりから急加速して400kmに達することを突き止めた。さらに太陽風の中に、周期1分~数十分の低周波の音波とみられる周期的な密度変動も見つけた。この音波の振幅はかなり大きくてエネルギーが高く、太陽半径の5~10倍の距離で最大となることを明らかにした。
研究チームは「太陽表面で作られたアルベーン波(プラズマ中で磁力線の振動として伝わる波動)が太陽から離れて不安定となり、それで生じた音波が衝撃波を生成してプラズマを加熱して、太陽風を加速する」というシナリオを描いた。このシナリオは、最近のコンピューターによる計算結果ともよくあっている。
今村剛准教授は「偶然『あかつき』が地球から見て太陽の反対側を通ることに気づいた。ユニークな方法の観測だが、『あかつき』が金星大気観測用に、周波数が極めて安定した電波を発信できるようになっていたことも幸いした。太陽風の顕著な加速と、コロナの中で発生した音波が加熱する仕組みもわかり、つじつまは合う」と語った。