水中の男性ホルモンや、その作用を抑える抗男性ホルモン物質を効率的に検出する生物分析システムのバイオモニタリングメダカの作出に、基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)の荻野由紀子(おぎの ゆきこ)助教と井口泰泉(いぐち たいせん)教授らが成功した。下水や農薬などに含まれる環境ホルモンの監視に役立つと期待されている。フランスのベンチャー企業、ウオッチフロッグ社との共同研究で、9月16日付の米科学誌Environmental Science & Technologyに発表した。
図. トゲウオのオス特有の営巣行動に必要な接着タンパク質(スピギン)の遺伝子発現制御領域をセンサーとして、男性ホルモン量に応答して緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するバイオモニタリングメダカを開発。環境水中の男性ホルモンや抗男性ホルモン作用を示す物質のスクリーニングに使える。(提供:基礎生物学研究所) |
下水処理場や工場の排水や有機塩素系農薬に、男性ホルモンや女性ホルモン作用を示す物質が含まれ、魚類などの水生生物に性の表現型が乱れるなどの影響が出るケースが問題となっている。水中にこれらの環境ホルモンがどれくらい含まれるのかを監視することは重要である。女性ホルモンを検出するメダカは京都大学の木下政人(きのした まさと)助教らによって作られているが、男性ホルモンを個体レベルで検出する簡単な方法はなかった。
写真. 今回開発したバイオモニタリングメダカのふ化直後の稚魚に、男性ホルモンの一種を暴露するとGFPの発現が誘導され、腎臓が緑色に光った。この発光は抗男性ホルモン作用を示す農薬に暴露すると、弱まった。(提供:基礎生物学研究所) |
研究グループは、小型で飼いやすく、遺伝子操作が可能なメダカで生物分析システムの確立を目指した。男性ホルモンのセンサーとして、小型の淡水底生魚のトゲウオのスピギンという遺伝子の働きを調節するDNA領域を採用した。トゲウオのオスでは、営巣する際に分泌する接着タンパク質のスピギン遺伝子が男性ホルモンに応答して腎臓で発現する。
この“トゲウオのスピギン遺伝子を調節するDNA領域”と“クラゲの緑色蛍光タンパク質GFPの遺伝子”をつなぎ、メダカの受精卵に導入した。このメダカのふ化直後の稚魚は、微量の男性ホルモンにさらすと、GFPが作られ緑色の蛍光を発するようになった。 ふ化直後の稚魚で5日以内に蛍光を検知できた。逆に、抗男性ホルモン作用を示すことが知られている農薬や前立腺癌治療薬にさらすと、蛍光は弱まった。こうして、男性ホルモンと抗男性ホルモン物質を感度よく検出するバイオモニタリングメダカが誕生し、その系統も確立した。
荻野由紀子助教と井口泰泉教授は「環境ホルモンの分析には生物の個体レベルで見る必要がある。従来の方法では、トゲウオやメダカの成魚を用いた3~4週間のモニタリングが必要だった。成魚を使わず、より短期間で男性ホルモンや抗男性ホルモン物質の有無を判断できる方法の開発が求められてきた。今回開発した方法を利用すれば、下水や農薬の少量の水をたらすだけで、簡便に判定できる。世界中でこの方法を使えるようにしたい」と話している。