分子科学研究所(IMS)は11月18日、飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸へ変換する酵素反応を高精度量子化学計算を用いて解明することに成功したと発表した。
同成果は、IMSのJakub Chalupský研究員、倉重佑輝助教、柳井毅准教授、チェコ共和国有機化学生化学研究所のLubomír Rulíšekチームリーダー、Martin Srnec研究員、スタンフォード大学のEdward I. Solomon教授らによるもの。詳細は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載された。
脂肪酸は炭素が連なった構造を持つ分子だが、炭素-炭素間に二重結合(C=C)があるかどうかで大きく2つに分類される。二重結合がないものは飽和脂肪酸、あるものは不飽和脂肪酸と呼ばれる。体内では、飽和脂肪酸が不飽和脂肪酸へと変換(不飽和化)するプロセスがある。その1つが、ステアリン酸(飽和脂肪酸)がオレイン酸(一価不飽和脂肪酸)に変えられる生化学反応である。これは融点の低いオレイン酸が生成されることにより、体温下で脂肪酸を液状に保ち、流動性を増加させていると考えられている。この変換反応では、Δ9-デサチュラーゼと呼ばれる金属酵素が主たる役割を担うことが知られている。しかし、この不飽和化の酵素反応がどのような機構で起こっているかに関する分子レベルでの詳細は未解明だった。
今回の研究では、分子の様子をコンピュータ上に電子レベルで微細に再現する先端的計算手法を用いて、この反応の律速過程を直接シミュレートし、不飽和化の分子機構を解明することに成功した。研究グループの計算結果により、デサチュラーゼ酵素の金属活性中心は、飽和脂肪酸に直接作用するのではなく、タンパク中のプロトン(H+)を活性の助けとして利用して複合的に反応を進めることが明らかになった。さらに、推察された複数の反応機構の中から、この反応機構のみが実験で見積もられた活性化エネルギーと一致することが示された。このような新陳代謝にも関与する酵素反応の分子論的理解は、薬学などでの基礎的知見になることが期待されるとしている。
また、今回の研究の実現には、電子の量子的振る舞いを精度よく予測する理論手法の開発が必要だった。研究グループは、その高精度・高速計算アルゴリズムを開発し、多核金属酵素の反応解析へと応用した。同手法は、金属錯体・酵素の触媒作用を高精度にシミュレーションする基盤技術として期待されるとコメントしている。