ウェブ業界では「alumican(あるみかん)」のハンドルネームでも知られるデザイナー / プログラマーの奥田透也氏。中村勇吾氏率いるデザイン会社「tha ltd.」から昨年独立。その後さらに経験を積んできた同氏に、今でも活きているというthaでの経験と、現在携わっているスタートアップ「IROYA」をはじめとした様々な業務でおこなっているデザインの実践について語ってもらった。

上京し、ものづくりとの向き合ってきた7年間

デザイナー / プログラマーの奥田透也氏

――thaに入社した経緯を教えて下さい。

もともと広島の大学院でコンピュータサイエンスを専攻していて、その後上京してウェブ制作会社に就職しました。その前からずっと勇吾さん(tha ltd. 代表 / インタフェースデザイナー 中村勇吾氏)は憧れの存在で、あるとき勇吾さんが講演するカンファレンスがあり、ここぞとばかりに名刺交換をさせていただきました。といっても、僕は勇吾さんと名刺交換したいひとたちの行列のひとりだったのですが。その後すぐに自分がこれまで個人的に制作してきた作品のURLを添えて自己紹介のメールを送りました。それからしばらく経ち、自分でもメールを送ったことを忘れていた頃に突然、「中村勇吾です」と本人から返事が来ました。「うち(tha ltd.)に来てみませんか」と。こんなチャンスは二度と来ないと思い、ふたつ返事でお応えしました。

――thaでのお仕事はいかがでしたか?

thaの仕事はどれも魅力的で、普通なら携わることができないであろうものばかりでした。特に印象に残っているのが、KDDIさんの携帯電話「INFOBAR」のスマートフォン版インタフェースデザインの仕事でした。それまで僕が携わっていたのは数カ月でクローズしてしまうことの多いキャンペーン的なサイトが主だったのですが、それとは違った、よいものを作ればユーザーにずっと愛されながら使い続けてもらえるものに携わることができたんです。

INFOBARの仕事に携わるうちに、そういった長期的な視点でのモノづくりに惹かれていきました。モノが形になるかどうかも分からないような根っこの段階から一貫して関っていけるものを、もっとたくさん自分の手で作り出したいと思うようになっていったんです。

また、会社以外の仕事に携わることでこれまでとは違った成長ができるのではないかとも思っていました。というのもtha在籍時からいろんなひとから仕事の相談をいただいてはいたんです。けれども、これは個人的な感覚なのですが、すべてに100%のパフォーマンスを発揮したいという信条のもとに、会社以外の仕事はすべてお断りしていたんですね。ちなみに持ちかけられる相談の中には、まだ仕事としてすら形になっていなくて、これから形になるかも分からない、だけど面白くなりそうな気配はある、そういったものが多かったですね。

横の繋がりがある同世代のクリエイターとも仕事をしてみたいとも思っていましたし、自分がちょうど30歳になる節目だったこともあり、色々なタイミングが重なって昨年2月に退職しました。

――独立されて今はどのようなお仕事をしているのでしょうか。

先ほどお話した長期的なモノづくりに携わりたいという思いから、ずっと継続していける仕事をしたり、そうでない仕事もそのように仕事自体をデザインしていくようにしています。例えば、僕と同じく元thaの深津貴之さんとやっているのが、日本テレビさんのアプリ「フリフリTV」の開発。これは、今後どのように本アプリがユーザーとコミュニケーションを展開していくのかという構想を含めて携わっています。

他には、勇吾さんからのお誘いで、多摩美術大学の「統合デザイン学科」の非常勤講師もやっています。デザインをひとに教える過程で、自分の知識や経験を再解釈して、デザインに対する理解を深めていく助けにもなりますし、当然次世代のデザイナーを育てる社会貢献としても意義深いことなので、責任をもって続けていきたいと思っています。

このように、今はいろんな形で長期的なモノづくりに携わっていますが、独立してあらためて勇吾さんの凄みを身に染みて感じています。仮に仕事がなくなったとしても自分が生き倒れるぶんにはいいんです。だけど、自身もクリエイターであり続けながら、社員全員分の仕事を取ってきて、かつそれらがすべておもしろいなんて普通ありえないですよね。やっぱり、勇吾さんには今後もずっと憧れ続けるでしょうし、その一方で、その土俵ではないところにも自分の価値をきちんと見出さなければならない、と強く感じます。

もうひとつ、現在進行形で自分にとって大きな経験になっているのがIROYAという事業です。

「広告」と「ウェブサービス」のデザインの違い

――今に活かされているデザイン術を教えてください。

長期的なモノづくりのまた違った形として、スタートアップ企業でのサービス開発にも携わっています。このスタートアップは、毎月一色に絞ってファッションアイテムを紹介するキュレーション・コマース「IROYA」を運営していて、僕はクリエイティブ統括という立場で参画しています。

Eコマースサイト「IROYA」

僕が参画したのはすでにローンチした後でしたが、当時サイトを見たときの第一印象は「いい意味でクール」。だけど、商品の持つコンテクストやストーリーをもっと面白みのある伝え方ができるのではないかと思いました。

いわゆる「広告」も、一から立ち上げる「ウェブサービス」も、究極的にはユーザーの幸せを追求するという点でゴールは同じなんです。ただあらゆる仕事もそうなのですが、それぞれ前提が違うので、それにともなう手法もその違いを意識しながらやっています。これまで多くやってきた広告のデザインは、すでに存在するモノの価値を引き出したり最大化することで、いかにユーザーの目を引く形で見せるか、ユーザーに「おや?」と思わせるか、平たく言うとインパクト重視で考えていました。

今回の場合は、自分もユーザーとして使ってみるなどしてサイトの分析から入りました。そうするうちに、単なる見栄えの善し悪しとは違った、もっと奥底に潜むユーザーが離れてしまいそうな細かなポイントが見えてきます。まだまだ改善途中ですが、そうして見えてきた「もったいないポイント」のようなものを挙げてはつぶし、サイトのコンセプトである「色」でモノを見る楽しさを感じられるユーザーの「通り道」を作っています。

例えば、「白」にもいろんな白色があります。その微妙な色彩の違いがそれぞれの個性であり、おもしろい。なのに、アイテムの画像が小さいと、せっかくのそのおもしろさが伝わりませんよね。ですから、表示される画像を極限まで大きくしてみたりとか、さらにアイテムの説明文もより丁寧にすることでアイテムのディテールを伝えられるようにしました。このような些細なディテールへの心配りでも、それが積み重なることでユーザーと色とのコミュニケーションを助ける大きな力になると思っています。

それぞれのアイテムの説明文は、代表の大野が販売員時代の経験や知識に基づいて綴っていくのですが、彼もなかなか忙しいんですね。ですから彼のわずかな空き時間を活用できるよう、音声をテキストへと効率的に変換するアプリを開発しています。他にも、各アイテムの画像から色情報を抽出するアプリなども開発しました。人目には触れない裏側の仕組みを最適化することもまた、回り回ってユーザーにとって良いことに繋がります。

逆に、マクロ的な視点でいうと、オウンドメディア「IROYA MAGAZINES」の構築にも携わっています。いろんなライターさんが色に関するコラムをここで発信していますが、これはIROYAがただのEコマースサイトからより大きな「色事業」に成長していくためのきっかけとなる機能だと思っています。

このように、あらゆる方法で網羅的に世の中にアプローチしながら「本当にその思想がこのサービスの存在価値なのか?ユーザーに一番伝えたいことなのか?」と常に自問自答を繰り返しながら、メンバー全員が一丸となって前へ進んでいます。

この他にもやりたいことはたくさんあるのですが、いかんせん幅が広い領域で人手が足りていないので、今ちょうど一緒に開発をおこなってくれるフロントエンド技術者を募集しています。特に、IROYAは実店舗も構えていますので、ウェブだけでない、リアルとネットを包括した人の循環をデザインできるのがおもしろいところです。

――これからどのようにIROYAをデザインしていきたいですか。

IROYAは、今はまだ「ファッション・コマースサイト」でしかありません。しかし近い将来、色という軸で世の中のあらゆる物事にハイパーリンクを張っていく存在にしていきたいと思っています。言ってみれば、世界を色でインデックスするイメージでしょうか。

例えば、僕みたいなコンピュータ大好き野郎が、自分の好きな「赤」という色に惹かれてサイトを訪れたら、それまで興味のなかったクルマも意外とアリと感じてしまうような体験が提供できるのではないかなと。クルマだけではありません。赤い「食べ物」、赤い「本」、赤い「音楽」、赤い「アート」、赤い「スポーツ」など、なんでもありなんです。色という軸で世の中を見たときに、それまで興味の対象外だったものが視界に飛び込んでくる、そして自分の興味がどんどん広がっていく。そんな体験を作っていきたいですし、何よりもそんな世界を自分が見てみたいんです。

――個人としての展望についてはどのようにお考えですか?

今関わっているような人たちとこれからも世の中に対してアプローチして、少しでも人の暮らしを楽しくしていけたらと思います。同時にこれからも、様々な働き方やものづくりを通じて、たくさんの人達に出会っていきたいですね。