日本科学未来館は10月20日、同館併設の研究棟を拠点とする「空中3Dディスプレイプロジェクト」が開発した、世界初の空中描画装置のデモンストレーションを実施した(画像1)。その模様をお届けする。

今回の空中描画装置の技術は、日本企業のバートン(およびエリオ)の木村秀尉 CEO兼ディレクター(画像2)およびプロジェクトリーダー(技術担当)の浅野明ディレクター(画像3)らが中心となって開発したものだ。開発のきっかけは、阪神・淡路大震災だったそうで、避難誘導のための目印として空中に文字や矢印などを描画できないものか、という発想が始まりだったという。

画像1(左):蝶がヒラヒラと羽ばたいているアニメのシーンで撮影。シャッタースピード30で撮影したが、描画速度の関係で半分ほどしか像を撮影できていない。画像2(中):バートンの木村秀尉CEO兼ディレクター。画像3(右):バートンの浅野明ディレクター

車で走って音声で避難誘導をしたり災害情報を伝達したりするというのは今でも普通に行われているわけだが、音とはつまり空気を媒介とした振動なので大きな音を出せば出すほど当然エネルギーが強くなり、半倒壊している建物やガレキなどをさらに倒壊させてしまう恐れがある。また、音は光に比べれば回折するので近い距離なら音源とそれを聞く人との間に障害物があったとしても情報を届けられるわけだが、距離が開くとどうしても届きづらいという一面も持つ。

さらにいえば、車は道路がガレキなどで埋もれていればそれ以上は進めないわけで、車の走行による振動なども倒壊を招く恐れがあるし、そもそも車のドライバーが2次災害に巻き込まれる危険性もあるわけだ。そこで、空に文字や矢印などを書いて避難誘導をしたり災害情報を提示したりすればいいだろうという発想になったのだという。

とはいっても、これまでに水蒸気を散布してその霧をスクリーンにするといった投影技術はあるが、完全にスクリーンレスの空中に文字などを描く技術は開発されておらず、前例のない研究であった。しかし2002年には国際特許を申請して2005年に取得。そして2012年には3mの高さに1m角の画像の表示に成功したのである。

今回の技術における最大の特徴は、実際に何もない空間に影像を描いているという点だ。空中に描画する技術というと、画面から飛び出して見える3D映像が思い浮かぶ人も多いことだろう。映画や一部の液晶テレビなどで実現されているそれらの3D映像技術は方式こそさまざまであるが、基本的にはだいぶ以前からある赤青メガネの時代から変わっておらず、左右の眼の視差を利用して擬似的に立体像に見せているものである。基本は、スクリーンに2次元的に投影されている映像なわけで、決して空中に描かれているわけではないのだ。

それに対して今回の空中描画装置は前述したように、実際にある広さの空間内に実際に描画するというものであり、視差を利用して立体的に見せている技術とは異なる。3Dだけでなく2Dももちろん描画可能だ。この空中描画技術にさらなる磨きをかけて性能の向上に加え、今回は車載できるほどの小型軽量化を実現したことから、デモが実施されたというわけである(画像4)。

画像4。装置はこのミニバンに搭載できるサイズ

今回の空中描画装置はレーザーによるプラズマ技術を応用したもので、空気以外には何もない空中にプラズマによる発光点を生成し、それをドットとして多数出現させ、それに加えて残像も利用することでヒトの眼に静止画や動画を見せているというものだ。最初は10cm程度の範囲の中で光らせることからスタートし、30cm、1mという具合で範囲を拡大していき、現在は最大で10mの高さ、6m四方までは描画が可能だという。今回のデモは、車のルーフから2~3mの高さ、範囲としては3~4m四方というスペースでの描画が行われた。

装置に使われているレーザーは、1kHzの赤外線パルスレーザービームで(ただし、今回のデモでは500Hzのものを使用)、それをレンズなどの光学系を用いて絞り込んで任意の空中の1点に集光させるところがポイントだ。そして、空気分子にそのエネルギーを吸収させてイオン化させるのである(画像5)。イオン化した空気分子はすぐに元の状態に戻ろうとし、その再結合する際に強力な「プラズマ発光」をするのでそれをドットとし、明るい昼間の屋外でもハッキリと見えるというわけだ。

1回のレーザーの照射で1つのドットが輝くが、1kHzだと100~200ドット程度を描けるという。また、任意の空間座標にドットを描く(発生させる)仕組みは、3Dスキャナで空間中をスキャンし、その上でレーザーの発射角度を3Dアクチュエータでミラーを精密に制御することで実現しているとした(画像6)。

画像5(左):ドットを生成させる仕組み。レーザーで窒素分子や酸素分子をイオン化させ、それが元に戻ろうとする時にプラズマ発光を1ドットとして扱っている。画像6(右):空中描画装置の大まかな仕組み。レーザーを照射する位置は3Dアクチュエータで制御している

装置自体のサイズは、レーザーの発生装置と光学系(望遠鏡やフォーカスレンズ、ミラーなど)の2層構造になっていて(上が光学系)、全長が120cmほど、全幅が40~50cm、全高が70cmほどだそうである。今後はさらに小型化を推し進め、ヒトが持ち運べるようなモバイル型を目指すとした。また、将来的な利用方法として、横断歩道で端から端までヒトが横断していくようなアニメーションができるくらいの範囲に映像や文字を描画できるようにしたいとしている(画像7)。

そのほかの応用の可能性としては、開発のきっかけとなった防災用途のほか(画像8)、サイネージ広告(画像9)、エンターテイメントなども挙げられた。また面白い利用の仕方としては、今後、自動運転が本格化して普及していった際に、車のルーフの上など、周囲の車や歩行者などから見える位置に直進や右左折などの進行方向を示す矢印や車の状況などを表示することで、道路交通の円滑化を図るといったことにも役立てたいとしている。

画像7(左):横断歩道に使用する際のイメージ。(出典:バートン公式Webサイト)。画像8(中):防災用途でのイメージ。(出典:バートン公式Webサイト)。画像9(右):サイネージ広告用途でのイメージ

何はともあれ、その模様を動画で収めてあるのでご覧いただこう。500Hzのレーザーが使われているのだが、動画撮影に使用したムービーカメラは60fpsなので、像によってはちょっとうまくつながっていないものもあるがご了承いただきたい。1kHzのレーザーならもっとよく見えるということである。2回目のデモは別の角度から撮影しており、どの角度から見えても同じように見えることがわかるはずだ。

それから、今回は特にワイヤーフレームによる立体的な描画(画像10・11)ではなかったので、2次元のアニメーションに近い感じである。それでも、3次元的に動いていたり、描画する角度を変えていたりするので、3次元的に描画されているのは間違いなく、フラクタル的な表現になってしまうが、感覚的には2.5次元の画像といったところだろうか(動画1・2)。

画像10(左):小さくてわかりにくいのだが、ワイヤーフレーム風に描かれた球体のイメージ画像。画像11(右):動画の後半に見えられる歩行者は、本来こんな感じで見える。今回のデモでは500Hzのレーザーが使われていたことと、撮影用ムービーカメラの録画設定を60fpsのままだったので(30fpsならもう少し残像効果が見えたかも)、あまり歩行者がヒトの形に見えない

動画
動画1。まずは車体に対して正面に近い角度から撮影したもの。内容は、らせん階段→りんご→蝶(小→大→小)→歩行者→らせん階段で終了
動画2。別の角度から。横からだと、少しわかりにくい感じだ。なお、本来は動画がスタートする10数秒前と終了後は、ウォームアップとクールダウンなのか、しばらく像を結ばないまばらなプラズマ発光が続く(動画では割愛)

さて、今回のデモを拝見してみた感想はというと、まず見えやすさだが、確かに輝度がとても高いので、屋外でもくっきり見える。ただし、当日は小雨がパラつくあいにくの天気だったので(画像12)、実際に快晴の時にどのぐらいハッキリと見えるのかは何ともいえないが、輝度が非常に高いので問題はないだろうと思われる。なお、雨の日は空中描画装置が濡れさえしなければよほどの大雨でない限りは問題ないそうだが、大雪の場合は苦手だという。

画像12。この写真だとかなり明るく見えるが、当日は小雨のパラつく曇天だった

その一方で気になったのが、ノイズ。動画をご覧になった方も、超高電圧&電流の電気が放電しているバチバチとか、大型のハチが思いっ切り近くを飛んでいるようなジジジジ…という感じのノイズに気がついたことだろう。プラズマ化の際に空気の絶縁破壊を起こしているので、いわば一種の雷みたいな状態になっており、そのせいでかなり音が出てしまうのだ(実際、仲間がいるとでも思ったのか、デモの最中に大型のハチが飛んでくるといった一場面もあった)。

ただし、これには解決方法はあるという。レーザーの品質を上げ、出力を下げてしまうことで、音を小さくできるのだそうだ。また逆に音が出ることを逆手に取る方法もあり、レーザーの波長をきちんとコントロールすることで、音階を制御できるという。和音の表現などは難しいかも知れないが、単純な7音階などはできそうなので、サイネージ広告やエンターテイメント用途ではちょっとしたBGMなどに使えそうだ。さらにいえば、このノイズが耳目を集めるというのもある。実際に眼で見えたのだが、正直、何かマジックのようなトリックがありそうなイメージがあるので、そのバチバチという音があることで、「空気を焼いている」ようなイメージがあり、実際に空間に文字などが描かれているリアルさが伝わりやすいというわけだ。

今回の空中描画装置は技術として前例がないものなので、ここからは少々無茶な比較かも知れないが、フィクションの世界の技術と比べてみよう。現時点では、世界のどこを見えても、まだまだSF映画やアニメでお馴染みのリアルなスクリーンレスの空間立体映像は開発されていないわけで、今回の空中描画装置もそこまでは達していないのはご覧いただいた通り。フィクションの技術と何が違うかといえば、最大の問題は「色がない」ということだろう。この点に関しては、ズバリ「現代の技術では難しい」という。

スクリーンレスの立体映像といえば、宇宙規模の自然現象であるオーロラが近いものであり、そちらは色付きであるため、その原理を応用することで色を付けることができるようになるかもしれない。ただし、オーロラは、その発生する仕組みはまだ完全にわかっていないほか、今回のシステムはオーロラの発生する高空に比べ、10mの高度というのは実質的に地表と等しい場所であり、大気の密度が濃く、その中で窒素や酸素をプラズマ化させるには強いエネルギーが必要となるため、うまく狙った色にプラズマ発光をさせるのが難しいと考えられるという。

最後に空中3Dディスプレイプロジェクトが拠点としている、未来館研究棟(画像13)に関しても触れておこう。同プロジェクト以外にも、10の研究プロジェクトが進行中だ。これらは公募で入居が採択されたプロジェクトであり、プロジェクトによっては同館では週末などにそれらの研究施設を見学するツアーなどが開催されている(10月末~11月はツアーはない模様)。ちなみに今回の空中描画装置を開発したのはバートンは、2008年から同館研究棟を拠点としている。

画像13。あまり来たことがない人も多いかも知れないが、未来館の建物の裏側は研究棟となっている

ちなみにそのほかの10のプロジェクトとは、光電変換、ロボットOS、人々が集う場の情報メディア、リビングラボ東京、インタラクション理解、ヒューマノイド、さわれる情報環境、ATP合成制御、次世代疾患モデルマウス、精神疾患の中間表現型「非成熟脳」解明という具合。どれをそうそうたる研究者が責任者を務めている。

前述したように10月23日現在、こうしたプロジェクトの研究ツアーは表立って未来館のイベントスケジュールなどに掲載されていないものの、かつて筆者もロボットOSなどの取材をしたことがあるので、ある程度の頻度で行われてきた過去はある。もし、こうした最先端の科学技術に興味を持っている人がこれをお読みならば、言われなくてもそれくらいしているかもしれないが、未来館の公式Webサイトのイベントスケジュールを逐次チェックしておくと良いかもしれない。