ミクロの世界を観察する電子顕微鏡に立体画像を得る新しい技術革新がもたらされた。透過型電子顕微鏡で立体画像を捉える際、現状の10分の1の撮影枚数と撮影時間で済むソフトウエアを、筑波大学システム情報系の工藤博幸(くどう ひろゆき)教授とシステムインフロンティア(東京都立川市)などの研究チームが世界に先駆けて開発し、10月14日発表した。九州大学総合理工学研究院の波多聰(はた さとし)准教授がこのソフトを試して、目標通りの威力を実証した。このソフトはどの電子顕微鏡にも使えるのが特長で、同社が11月1日から販売する。
分子などのナノレベルの観察には透過型電子顕微鏡が欠かせない。ただ、1枚の写真で得られる情報は2次元にとどまる。さまざまな角度から撮影した画像をコンピューターで処理して3次元化するX線断層撮影(CT)技術を応用して、ウイルスや分子構造のナノレベルの立体観察をするのが電子線CTである。電子線CTは、電子顕微鏡内で試料を連続的に傾斜させながら連続撮影して立体画像を得る。しかし、X線CTとは違う難しさがあり、通常は120枚以上の撮影、30分~2時間の撮影時間を要し、動きのある現象は撮影できなかった。
研究グループは、材料に外から力がかかった時に生じるナノレベルの3次元の構造変化を短時間のリアルタイムで観察可能にする電子線CTの技術開発に取り組んだ。研究グループの東北大学金属材料研究所の佐藤和久(さとう かずひさ)准教授が検討し、撮影時間を現状の10分の1に短縮できればよいことを示した。そこで「撮影時間10分の1の実現」を目標に掲げた。工藤博幸筑波大学教授はX線CTなどに使われている最新の立体画像再構成法の圧縮センシング法に着目して、電子顕微鏡で実用化する研究開発を進めた。
工藤博幸東北大学教授らが考案した新アルゴリズム「ISER(Iterative SEries Reduction)」法では圧縮センシング法を最適化し、計算速度の大幅な向上、パラメーター設定の簡略化、数学的厳密性のすべてを実現した。これをシステムインフロンティアのソフトウエアTEMography(TM)に搭載して、電子線の立体画像再構成法を製品化した。このソフトで再構成画像の品質を落とすことなく、必要な撮影枚数と撮影時間をともに現状の10分の1 ~20分の1へと大幅に減らすことができた。
波多聰九州大学准教授はこの新手法で、撮影枚数が現状の10分の1の13枚で、鉄と白金の合金、FePtナノ粒子の3次元像が得られることを示した。研究チームが目指す構造変化のリアルタイム観察に大きく近づいた。撮影枚数をこのように減らすことができれば、同じ領域を繰り返し撮影することで生じる電子線損傷や試料汚染が心配されてきた生物試料にも有効で、応用範囲は広いと期待される。
波多聰九州大学准教授は「このソフトの威力は大きい。電子顕微鏡で立体画像撮影のブレークスルーになるのは間違いない。どの電子顕微鏡にも使える汎用性があるのも強みだ。立体画像の計算時間も10時間以上かかっていたのが、1時間ほどで済み、圧倒的に短い。世界中の研究者や技術者が使っていくだろう」と話している。