X線自由電子レーザー施設「SACLA」(サクラ、兵庫県佐用町)で、物質がX線に対して透明化する X線可飽和吸収の観測に、電気通信大学の米田仁紀(よねだ ひとき)教授と理化学研究所放射光科学総合研究センターの矢橋牧名(やばし まきな)グループディレクターらが世界で初めて成功した。次世代のアト秒(1 アト秒は 100 京分の1秒)X線光学や動的X線光学の最初の一歩で、新しいX線光学デバイスの開発にも道を開く画期的な成果として注目される。
高輝度光科学研究センターの犬伏雄一(いぬぶし ゆういち)研究員、大阪大学大学院工学研究科の山内和人(やまうち かずと)教授、東京大学大学院工学系研究科の三村秀和(みむら ひでかず)准教授、 京都大学大学院理学研究科の北村光(きたむら ひかる)助教らとの共同研究で、10月1日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
光を物質に照射すると、物質ごとに決まった量が吸収されるが、 光の強度を高めていくと、物質が光を吸収できなくなり透明化する 可飽和吸収という現象が起こる。この可飽和吸収は、 可視光で半世紀以上前に発見され、 物質を透明化させることで光の通り道(光導波路)を作り出すなど、光通信をはじめとする先端技術に幅広く利用されている。
短波長の光であるX線も、 強度を高めると、可飽和吸収が起こることが理論的に予測されていた。しかし、 X線で可飽和吸収を起こすには、 X線の強度を可視光の9ケタ以上に上げる必要があるため、 実現していなかった。共同研究グループはまず、 SACLAの高輝度X 線レーザーに、 独自開発した二段集光光学システムを使い、50nm(nmは10億分の1メートル)の集光径まで絞り込み、1020 W/cm2 という世界最高強度のX線を生成した。
このX線レーザーを鉄の薄膜(厚さ0.02ミリ)に照射して吸収スペクトルを計測したところ、 通常の状態に比べ、X線の透過率が10倍以上増大して、X線可飽和吸収に達していることがわかった。 また、X線の強度が高い部分だけが透明になるため、吸収する物質内にX線導波路を形成できることも確かめた。これもX線領域では世界で初めて実証となった。
X線吸収は主に物質中の電子が担う。強いX線によって瞬時に鉄の原子核に最も近い最内殻の電子をイオン化させてしまえば、吸収する担い手がいなくなるので、X線を吸収できなくなる。実験では、鉄の薄膜への照射強度を増加させながら、透過X線を観測した。理論的に予測された強度(1019 W/cm2)を超えると、急激に透明になった。これは、多くの鉄原子で最内殻の電子1つがいなくなる現象が起きて「通常ではない原子で作られた固体状態」のX線可飽和吸収を作り出したことになる。 研究グループは「今回、初めてX線の可飽和吸収が観測されたことで、X線自由電子レーザーのさらなる短パルス化が視野に入ってきた。アト秒(1アト秒は100京分の1秒)の領域のパルス発生も可能で、計測の時間分解能を飛躍的に向上させるだろう。また、既存の光に比べて何倍もの長い距離を小さな集光径を保ちながら伝播させる、X線による高速・大容量の通信手段の実現も期待される」と意義を指摘している。