2014年9月2日~6日、静岡県の小笠山総合運動公園にて「全日本 学生フォーミュラ大会」(公益社団法人 自動車技術会)が開催された。この大会は「将来の自動車業界を背負う若手技術者を、産学官民の支援により育成する」ことを目的として、2003年より開催されている。第12回目となる今回は、過去最大の96チームが参加。全日本と銘打つものの、海外からも数多くの学生が参加しており、国際色豊かなイベントとなった。本記事では、「全日本学生フォーミュラ大会」の第一回目から参加しており、今回新たな試みとして、部品製作に3Dプリンタを用いた名古屋工業大学フォーミュラプロジェクト(以下名工大)に密着。マシン製作に関わる秘話を伺った。
理想的な形状へ、自由度の高い3Dプリンタの利用を決断
学生フォーミュラには、エンジン出力を制限するために吸気量制限装置(リストリクター)の取り付けが義務づけられている。それによる出力低下を抑えるために、名工大ではマシンにサージタンクを搭載していた。サージタンクとは、一時的に吸気を溜めて流れを調整し、エンジン出力の効率を高める部品である。吸気の流れはサージタンクの形状によって変わり、エンジン出力に大きな影響を与える。そのため、最適な形状を持つサージタンクの製作は、非常に重要なポイントとなった。
名工大では、そのサージタンクの形状を、流体解析を用いて設計をしていた。「ですが、どうしても従来の製作方法では、理想とする形状にすることができませんでした」と2014年度プロジェクトリーダーである機械工学科4年の澤木勇佑さんは語る。
どんなに理想的な設計ができたとしても、実際にその形状のものが形成できなければ意味がない。そこで、彼らが考え出した結論が、3Dプリンタの利用だった。そして、他大学のフォーミュラチームの学生から紹介された、3Dプリンタメーカーストラタシス社の販売代理店であるアルテック株式会社(以下アルテック)に相談を持ちかけたとのことだ。
試行錯誤の連続から生み出された理想のサージタンク
サージタンクの3DCADデータ |
同チームが、3Dプリンタで製作したサージタンクを採用したのは2013年の第11回大会からである。昨年のマシンに採用したサージタンクは、ストラタシス社の所有するテクノロジーの一つであるポリジェット方式の3Dプリンタ「Objet500 Connex」のABSライク樹脂によって製作した。一方、今年はもう一つのテクノロジーであるFDM方式の3Dプリンタ「Fortus 400mc」のULTEM樹脂*によって製作されている。
アルテック株式会社 |
2014年度のプロジェクトチームでエンジンを担当する機械工学科3年の永瀬公博さんによると、「今年は、サージタンクの強度をより強くしたいという考えがありました。調べてみると、Fortusシリーズでは高耐久性の工業樹脂を使った造形が可能とのことでしたので、樹脂を指定してお願いいたしました」とのことだ。
実際に製作を手掛けた、アルテック株式会社 デジタルプリンタ事業部 3Dプリンタ営業課 課長の立山豪氏は「2013年にABSライクで造形し走行した実績はありましたが、名工大さんの御要望で、今年はFDM方式のULTEM樹脂を使用しました。やりとりの中では、3Dプリンタの造形後に除去する必要があるサポート材を取り除く為に、サージタンクを分割して頂くなど、名工大さんの設計に支障が出ない程度での変更をお願いし、試行錯誤を繰り返しながら今回のサージタンクにたどりつきました」と語る。
* ULTEM* 9085 耐熱、耐薬品、耐衝撃、疎水性樹脂(ポリフェニルサルホン樹脂)最も高い熱と化学変化に強く、腐食、焼灼や高温の環境に適合。航空宇宙、自動車、軍事用途で多く使用されている。ULTEM* 9085 はSABIC Innovative Plastics IP BV の商標。
3Dプリンタによって広がる発想
「はじめて、3Dプリンタで作られたサージタンクを見た時に、曲面が凄く綺麗で感動しました」と、二人は当時を振り返る。また、「3Dプリンタで自動車の部品を作れるとは思ってもみなかったです」と感想を語った。二人とも、今回のプロジェクトで利用するまで、3Dプリンタの存在を身近なものに感じていなかったとのことだ。だが、実際にできあがったものを見て、サージタンクの他にも、いろいろなものに活かせるのではないかと感じるようになったそうだ。
「例えば透明な材料で燃料タンクのサンプルを作って、内部の液体がどう流れるかを調べるモデルも作れると思うので、いずれやってみたいですね」(澤木さん)
今後も、3Dプリンタの活用によって造形の自由度が広がり、それが学生達の発想をさらに広げていくことが期待される。
未来の自動車業界を担う若人達の今後に期待
大会期間中は、天候の急変などもありトラブルも続出。波瀾万丈のレースが展開された。その様な中、名工大のフォーミュラチームは参加96チーム中総合7位という見事な成績を収めた。(昨年の成績は総合13位)
「今回の成績を残せたのは、サージタンクを載せたエンジンが昨年以上のパワーを発揮できたことが大きな要因です。特に、0-75mの加速を競うアクセラレーションでは、単気筒エンジン搭載車の中で1位となり、これが総合成績に大きく影響しました」(澤木さん)
今回のプロジェクトにおける経験を基に、彼らは今後の自動車業界を担う人材となっていくことだろう。そして、このような若い技術者達を育成するためには、これからも産学官民が力を合わせていくことが求められる。今回、企業として学生のプロジェクトをサポートした立山氏は次のように語る。
「来年は、サージタンク以外の部品での協力もできればと考えています。今回のように、若い彼らが3Dプリンタを活用して下されば、技術者を目指す若者と共に自動車業界やものづくりの現場はもとより我々の業界も活性化していくことでしょう。彼らが社会に出て、様々な業界の現場で活躍する技術者に成った時に、3Dプリンタを用いたものづくりやその有用性、使い方等が波及してくれると嬉しいですね。そのためにも、今後もできる限り協力していきたいです」
余談だが、大会終了後、アルテック宛に名工大のプロジェクトチームから一通のメールが届いた。最後に、その内容を紹介しよう。若きエンジニア達の将来に幸あらん事を切に願う。
「今年度は総合成績6位以上となり表彰台を獲得することを目指していたので、あと一歩表彰台に届かなかったことはやはり悔しいです。その一方で、全ての審査に出場し完走できたこと、合計で5つの賞を頂けたことに対し、この1年間のすべてを出し切れたという清々しさも感じています。この活動を通して、知識や技術はもちろん、車を、そしてチームをマネジメントすることの難しさを学びました。この経験は、将来エンジニアとして活動することになった時に必ず役に立つと思っています。今回の結果は自分たちだけでなく、ご支援してくださっているアルテック株式会社様をはじめとした多く皆様方のおかげです。素晴らしい活動ができたことに感謝申し上げます。
名古屋工業大学フォーミュラプロジェクト 2014年度プロジェクトリーダー 澤木勇佑」