芥川龍之介が短編「蜘蛛の糸」(1918年)で描いたように、クモの糸は細くて強い。そのクモ糸の遺伝子をカイコに組み込んで、通常より1.5倍も切れにくいクモ糸シルクを作り出すのに、農業生物資源研究所(茨城県つくば市)の桑名芳彦主任研究員と小島桂主任研究員らが成功した。このクモ糸シルクを使って、通常と同じ工程で織物に加工することに初めて成功した。芥川龍之介もびっくりしそうな成果だが、シルクの強度や機能性を高めるのに応用が期待できる。8月27日付の米オンライン科学誌プロスワンに発表した。

写真1. クモ糸シルクで作られた生糸、左上は通常シルクの生糸(提供:農業生物資源研究所)

「鋼鉄の繊維」ともいわれるクモ糸を遺伝子操作で大量生産しようとする試みは世界中で試みられてきた。微生物や実験用カイコ品種にクモ糸の遺伝子を組み込んで生産まではできているが、それを通常のシルクと同じような工程で機械加工することは困難だった。

研究グループは、養蚕農家が飼育するのと同じカイコの実用品種に遺伝子組み換えできる技術を独自に開発した。この技術で、オニグモの縦糸遺伝子をカイコ実用品種に導入し、強いクモ糸とカイコ本来の光沢や柔らかさを併せ持つクモ糸シルクを実現した。

グラフ. クモ糸シルクなどの切れにくさの比較(提供:農業生物資源研究所)

写真2. クモ糸シルクで作ったベスト(ブルーの染料で染色したもの)(提供:農業生物資源研究所)

このクモ糸シルクは、通常のシルクより1.5倍切れにくく、鋼鉄の20倍の強さとされるアメリカジョロウグモの縦糸に匹敵するほどだった。クモ糸シルクは、繰糸、精練から編織までの工程で、従来のシルクと同じように機械加工でき、ベストやスカーフも製作した。

桑名芳彦主任研究員は「われわれは『品質の優れたシルクを作りたい』と願って、10年ほど、クモ糸シルク作りに挑戦してきた。今回の成果で当初の目標は達成できた。実用的な品種で、手術用縫合糸や防災ロープ、防護服などさまざまな広い用途が考えられる。遺伝子組み換え動物の普及にはハードルも高いが、衰退している日本の養蚕業の起死回生の新品種として送り出したい」と話している。