理化学研究所(理研)は8月19日、がん細胞などの増殖を促進するとされるマイクロRNA(miRNA)の1つとなる「miR-21」が分解される仕組みを解明し、多くのがん細胞において、分解する仕組みの異常によりmiR-21が蓄積していることが判明したと発表した。

同成果は、渡辺恭良氏がセンター長を務める理研ライフサイエンス技術基盤研究センターの機能ゲノム解析部門(ピエロ・カルニンチ部門長)のミヒル・デ・ホーンユニットリーダーと、オランダ アムステルダム自由大学のヨースト・ブレ大学院生ら、理研予防医療・診断技術開発プログラム(林崎良英プログラムディレクター)などとの共同研究グループによるもの。同研究は、文部科学省 ゲノムネットワークプロジェクトおよび革新的細胞解析研究プログラム(セルイノベーション)の支援を受けて実施され、成果は米時間7月21日(日本時間22日)、「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」オンライン版に掲載された。

同研究では、乳がん細胞株から得た「低分子RNAライブラリー」の解析などの結果から、これまで知られている22塩基のmiR-21以外に、「長さの異なる多型」が存在することを発見。このうち長さが24塩基のmiR-21の3’末端は、ゲノムにコードされていないアデニンで終わっていたため、miR-21が転写された後にアデニンが付加(アデニル化)されていると考えられた。そこで同研究グループは、miR-21がアデニル化される仕組みとその役割について調査を実施。がん抑制遺伝子として知られる「ヌクレオチド転移酵素PAPD5」がmiR-21をアデニル化し、その結果、核酸分解酵素PARNによってmiR-21が3’側から分解されることが判明したという。

miR-21の前駆体構造と3’末端が異なる多型の塩基配列。上の図は、miR-21の前駆体(pre-miRNA)の構造で、下は、成熟したmiR-21の塩基配列の多型。これまで知られていた22塩基の長さ(miR-21)に対して、3’末端が1塩基長いmiR-21+Cが主要な多型として存在する。これがさらにアデニル化の修飾を受け、miR-21+CAとなる

また、国際がんゲノムコンソーシアムが公開している「正常細胞とがん細胞の低分子RNA発現データ」を詳細に解析したところ、正常細胞に比べ、がん細胞ではアデニル化されたmiR-21の割合が低く、また、分解されるmiR-21も少ないことを確認。これらにより、がん細胞では、「アデニル化を介したmiR-21を分解する仕組み」がうまく機能しないために、miR-21の分解と安定化のバランスが崩れ、異常な蓄積が起きることが明らかとなったという。

がん細胞と正常細胞におけるmiR-21の発現量とアデニル化の関係。肺がん患者のがん細胞(赤)と正常細胞(緑)におけるmiR-21の発現量とアデニル化率の比較。縦軸は発現量を、横軸はアデニル化の割合を示す。がん細胞においてmiR-21の発現量は高く、アデニル化の割合が低い

miR-21の分解に関わる2つの酵素。同研究で明らかになったmiR-21のアデニル化とそれに続く分解の仕組み。miR-21+Cの配列はゲノムにコードされた配列であり、この3’末端にヌクレオチド転移酵素PAPD5がアデニンを付加し、miR-21+CAとなる。このアデニル化が引き金となり、核酸分解酵素の一種PARNがmiR-21+CAを3’側から分解する

近年、miRNAと疾患との関わりが注目され、中でも多くのがん細胞で発現するmiR-21は、細胞増殖や細胞死などと関連があるとされているほか、これまでさまざまな研究で蓄積されたRNA配列データから、miRNAには塩基配列がわずかに異なる多型がしばしば見られることが報告されていた。しかし、多くの場合、miRNAの多型の生物学的意義は解明されておらず、miR-21についても多型が存在するかどうかを含めその詳細は明らかになっていない現状があったという。

なお理研は、今回の研究により、miR-21の分解の仕組みとがん細胞における異常な蓄積の関連が判明したことで、「今後、miRNAの安定化と、がんを含むさまざまな疾患の発症との関連についても解明が進むと期待できる」とコメントしている。