医薬業界では、日々無数の新薬が開発されており、厳しい検査を潜り抜けたその内の一握りが、臨床治験薬として、試験的に患者に投与され、その効果や安全性の調査が行われている。そうした治験薬の効果を定量的に調べるためには、保管時の温度や湿度などを厳密に管理する必要があるが、一人でも多くの患者に医療行為を提供することを目的とする医療機関に、そうした保管スペースを確保することは存外難しい。
そこで活用されるのが、倉庫の管理運営および輸送までを厳密な管理のもとに行ってくれるサプライチェーンマネジメント(SCM)企業の存在である。中でも2004年の富士通ロジスティクスの買収を機に、2006年より治験薬の保管業務を開始し、2007年の薬事法の改正を受け、医療機関への配送業務も手掛けるようになったDHLサプライチェーンは、同分野の大手と言える。今回は、そんな同社が医療分野に対し、どのようなビジネスを展開しているのかについて、同社ライフサイエンス&ヘルスケア事業本部ディレクターの青柳竜介氏に話を聞いた。
DHLサプライチェーンのライフサイエンス&ヘルスケア事業本部ディレクターを務める青柳竜介氏。DHLは国内に同氏も所属する「DHLサプライチェーン」のほか、「DHLグローバルフォワーディングジャパン」、「ディー・エイチ・エル・ジャパン」という3つの企業があり、それぞれで事業の役割を分担している |
同社のライフサイエンス事業は、医療用医薬品や医療機器、治験薬の物流業務全般を担当しているが、独自の品質保証部門を有し、東京・青海のロジスティクスセンター(青海LC)を中心に、創薬メーカーから預かった治験薬や医薬品などをセキュリティのほか、温度・湿度などの環境も含めた厳密な管理のもと、医療機関からの要求に応じて、指定先への配送を行っている。
DHLサプライチェーンのライフサイエンス&ヘルスケア事業の中心は、治験薬や医薬品・医療機器などの物流サービスの提供。その中において、どういったソリューションを活用すれば、顧客のコスト削減や満足度の向上につながるか、といった取り組みも併せて行われている |
また、医薬品製造業許可や医療機器製造業の許可も有しているため、製造業として医療機器メーカー、製薬メーカーなどにサービスを提供することも可能だ。そのため、2013年のコニカミノルタの物流事業の子会社を継承したことを契機に、戦略的なパートナーシップのもと、物流機能の管理やオペレーションの委託だけでなく、パートナーに対し、どういった戦略をロジスティクスとして提供できるか、といったリードロジスティクスプロバイダー(LLP)という、単なる倉庫の場所を貸す、というビジネスとは一線を画す付加価値の提供を推進している。
荷主に代わって物流を担当するのが3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)、そして複数の3PLを荷主の代わりにマネジメントなどを行うのが4PL(フォース・パーティ・ロジスティクス)だが、同社では、そのさらに先を行く複数の3PLが行っている異なる業務を統合管理し、最適な物流を実現するLLPを提唱している |
こうした付加価値の提供は、社内の取り組みにも表れている。例えば、セクタ問わずに、常に改善による品質の維持・向上が推奨されている。各拠点には、改善ボードと呼ばれるものが置かれ、改善の前後の効果を一目で確認することができるようになっているという。日本から始まり、世界に広がった運動ということだが、すでに累計で3万枚のボードが提出されており、優秀な改善実績を挙げた人間などは表彰の対象にもなるという。
DHLが進めている継続的改善プログラムの概要。身近で手軽にできる改善の提案なども奨励されているほか、例えば超音波センサタグを倉庫内の作業従事者に取り付け、各作業者の動線データを取得。動作の改善などを検討する、といったことも行われているという |
青柳氏は、「単なる物流機能の提供ではなく、パートナーシップや戦略的な価値が提供できることが我々の強み。例えば、サプライチェーンのプロセスの5年後、10年後の変化に対する提案や、ネットワークの設計などのコンサルティングも含めた提案を世界規模で行っており、その結果がLLPによるアウトソーシングなどに結びついている」と、自社の強みを語る。DHLと言えば、世界的な物流サプライチェーンを提供しているので、海外からの医療部品や医薬品の輸送などで活用されるだけで、国内だけで完結するような医薬品の配送には関係ない、と思われがちだが、これは大きな間違いだ。例えば先述した青海LCでは、ワクチンなどを取り扱える許認可を取得しているほか、セキュリティも生体認証などを含めた4段階構成を採用しており、治験薬を取り扱う倉庫としては日本トップクラスの規模・品質を誇る。また、治験薬を指定のあった医療機関に配送する場合でも、梱包の開封の仕方や温度ロガーの確認手順など、さまざまな専門トレーニングを受けたドライバのみ取扱いが認められ、しかも納品の30分前までに現場に到着し、受け渡し5分前に先方に電話連絡を行い、待ち合わせ場所を伝える、といった細かいプロセスを踏むことで品質の維持を実現している。もし、この手順を1つでも間違えれば、手順逸脱として、なぜそれが起こったのか、といったレポートの作成を行い、以降、同様の問題が生じないよう徹底した措置が取られることになるという。
「医薬品メーカーの中には、DHLがサービスを提供してくれるということで、医療機関との調整もアウトソーシングして、本業に集中したい、と言ってくれている。現在、治験薬に加え、併用薬も指定先に配送するが、その購買代行もDHLが行ったりもしている」(青柳氏)と、単なる配送だけに同社の事業が留まっていないことを強調する。
ちなみに青海LCは、同社が規程するプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズの4段階の管理指標では「シルバー」に位置づけられているという。ただし、ファシリティや運用面ではゴールドであり、シルバーに据え置かれているのは、向精神薬や(医療向け)麻薬の取り扱いがないためであり、そうした特殊医薬品を取り扱ってもらいたいという要望があれば、それに対応した各種の許認可の取得も行うとしている。
なお、同社は現在、LLPを推進していると先述したが、青柳氏は「日本における医薬品流通では、人口減少時代に入り、政策として医薬品の薬価の引き下げや、ジェネリック医薬品の使用推奨という流れが出てきている。そうしな動きの中で、サプライチェーンがどのように変化していくのかを医薬品メーカーとともに検討し、将来を見据えた最適なソリューションの提供を目指している」と、日本ならではのソリューション展開を目指していきたいとする。すでに海外では、医薬品卸も行っている国もあるが、日本ではすでに流通の仕組みが成熟しており、そうした分野に入っていくことは考えておらず、逆にそうした構造を踏まえ、どんなサービスが求められるのかについて、そうした医薬品卸業者や医薬品メーカーと話す機会を持ち、合理化や効率化に向けた意見交換などをして医療業界を盛り上げていきたいとしている。
また、その一方で製薬企業からは海外展開に向け、アジアや欧州の倉庫を活用したいという相談も受けるようになってきたという。これは、日本の製薬企業も含め、グローバルの各地域で同時に治験を行うといった流れが出てきていることも背景の1つにあり、具体的な時期は未定ながら、将来的にはアジア・太平洋地域にコントロールセンターを建設し、顧客からの窓口の一本化することで、海外展開を加速させたいという構想もあるとしており、「1つの目標として、年内に一部の機能だけでもスタートさせたい」(同)と、医療業界の活性化に向けた新たな取り組みを日本から世界に向けて発信していきたいとしている。