極限の計測技術はいつも科学や産業の発展を支えてきた。1兆分の1秒(1ピコ秒)よりも短い時間ごとに撮影できる史上最速の連写カメラを、東京大学と慶應義塾大学の研究グループが開発した。光を時間的・空間的に制御して動画を撮影する「光シャッター」で、既存の高速カメラとは異なる原理により、従来に比べ千倍以上も高速のシステムを実現した。これまで捉えることが難しかったプラズマ現象や化学反応などの測定に威力を発揮しそうだ。

図1. 異なる時間スケールでの動的現象。既存の高速度カメラは機械的・電気的動作の限界から、撮影速度がナノ秒に制限されていた。これに対しSTAMP カメラは、これまで捉えることができなかったナノ秒以下の領域を動画で撮影できる。(提供:東京大学)

1ピコ秒は光が0.3ミリしか進まないほどのわずかな時間。超高速で複雑な動的現象(ダイナミックス)を撮影して解析する新分野を切り開く画期的なカメラとして期待される。東京大学大学院理学系研究科の中川桂一特別研究員、同大学院工学系研究科の佐久間一郎教授、慶應義塾大学理工学部の神成文彦(かんなり ふみひこ)教授、東京大学大学院理学系研究科の合田圭介(ごうだ けいすけ)教授らの共同研究で、8月10日付の英科学誌ネイチャーフォトニクスのオンライン版に発表した。

写真. 東京大学と慶應義塾大学の研究グループが開発したSTAMPカメラ(提供:東京大学)

図2. 今回開発した超高速カメラで撮影した熱の波の伝わりを説明した図(下)と、水面の波の図(上)との対比(提供:東京大学)

既存のカメラは、電子シャッターで10億分の1秒(1ナノ秒)が限界だった。ナノ秒以下で起きる複雑なダイナミックスを一度の撮影で連写できる方法はなかった。研究グループは、さまざまな色の光を用いて動的現象の像を空間的にばらけさせ、そのあとで時間的に動画として再構成するSTAMP(スタンプ)法という全く新しい原理に基づく超高速撮影法を提案し、実証した。

スタンプが押されるように、撮影対象の像が次々とイメージセンサーに入力されて取得される方式だ。この原理を実証するため、 結晶にレーザーを照射して撮影し、熱が秒速5万キロ(光速の6分の1)で波のように伝わっていく様子を捉えるのに成功した。

これまで撮影速度を制限していた技術的要因を排除して、ナノ秒以下の連写が可能になった。「カメラの連写は機械シャッターから、デジカメの電子シャッターに進化し、今回の開発で光シャッターに飛躍した」といえる。原型のSTAMPカメラは製造費が3000万~4000万円、縦横高さが各2mの立方体ほどだが、コストダウンや小型化して、利用しやすいように改良の余地はある。また、連写速度は理論的に光速まで近づけることができるという。

研究グループの合田圭介東大教授は「カメラなので、科学研究や産業、医療などに汎用性は高く、あらゆるところに波及効果がある。化学反応や爆発現象、原子核反応などを動画で解析することができるようになる。産業面ではレーザー加工を解析したりして、原理の解明に活用できる。骨や血管の再生に利用されようとしている超音波医療の原理を探るのにも役立つだろう」と話している。