宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月29日、日本人として初めて、国際宇宙ステーション(ISS)での船長(コマインダー)を務めた若田光一宇宙飛行士の記者会見を実施した。
同氏は、2013年11月7日の打ち上げから188日間に及ぶ、第38/39期のISS長期滞在に参加し、第39期では、日本人初となる船長を務めた。また、滞在中には、超小型衛星放出ミッションや民生品4Kカメラシステムの技術実証などの各種実験・検証を実施。5月14日、無事地球へと帰還した。
会見では、「船長として」宇宙滞在したことへの感想を求める声が多く上がった。同氏は、過去3回の宇宙滞在と今回を比べ、「4回の宇宙滞在では、そのすべてにおいて新しい挑戦・経験をさせてもらっており、毎回『自分が失敗をすることへの恐怖心』は感じている」としたうえで、「今回の船長としての参加では、乗組員の安全・健康やISSのシステム維持などへの責任の重さ・緊張感を感じ、これは今までになかったこと」とした。
若田宇宙飛行士は、地上の各基地局や乗組員同士のコミュニケーションを図ることが最も重要だと感じたと振り返った。同氏が船長を務めた期間には、次期長期滞在クルーの到着の遅れやドラゴン補給船運用3号機(SpX-3)の打ち上げ延期など多数の計画変更が行われ、乗組員の勤務時間などの調整が余儀なくされる場面もあったという。そういった際に、どのようにクルーとの意思疎通を図るのか、その上でクルー代表として各司令所にどのように意思を伝えるのかといったコミュニケーションの部分で、コマンダーの難しさを実感したと述べた。
また、コミュニケーション促進のほか、ストレス解消として、「仲間と一緒に食事をすることを大切にしてきた。人ぞれぞれの食事の時間があり、強制することで逆にストレスを与えてしまうことを避けるため、金曜や土曜の週に2回ほどにするなど、試行錯誤は絶えず行っていた」と、船長としての取り組みを紹介した。
報道陣から、「地球への帰還後に実施された会見で『生涯現役』を宣言していたが、次の目標はなにか」と聞かれると、「第2、第3の日本人船長実現へのサポート」と「有人宇宙へのさらなる日本技術の活用・活躍のサポート」と答えた。
同氏は、今回の任務において船長を任されたことに関し、「有人宇宙開発活動における日本への信頼感が高まったこと」を理由としてあげており、2009年から運用を開始している宇宙実験施設「きぼう」や、種子島から打ち上げられる宇宙ステーション補給機「こうのとり」などのさまざまな技術、「きぼう」で行われた「創薬に繋がる高品質タンパク質結晶成形実験」、「全天X線観測」などの分野での成果が、日本への信頼向上につながったと説明した。
今後は、船長としての経験を活かし、次なる日本人船長の輩出に尽力するほか、日本が有人宇宙の分野において活躍できるようにサポートしていくという。具体的には、「こうのとりやかぐやなど技術を持っている日本であるならば、例えば、月面着陸の装置・探査機の開発に向けたISSでの実装実験や、水などの天然資源を有効に活用するための再利用ECRS(イクルス)確立のための実験などが可能だろう」としたほか、「今回の滞在でアイソン彗星やオーロラなどを撮影した4Kカメラなど、民生品の採用も積極的に行えるとよいのでは」とした。
1969年、アポロ11号が月面に着陸する様子を、当時5歳の若田宇宙飛行士はテレビを通して見ていたという。「その際に抱いた宇宙への強い憧れと、その後に芽生えた飛行機やパイロットへの興味など、自分の意思・志の赴くままに努力し、経験を積み重ねて突き進んできた。そしてその先に、宇宙飛行士への道が開けたのだと思う。誰でも何か光るものを必ず持っているので、自分を発見して興味の対象を理解して、それに向かって努力し続けてほしい」と、日本の子供にメッセージを送った。