京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウスにヒトiPS細胞由来のグリア系神経前駆細胞を移植することで、ALSマウスの生存期間を延長する効果があることを見出したと発表した。
同成果は、京大CiRA増殖分化機構研究部門の近藤孝之研究員、同 井上治久 教授、CiRA 山中伸弥 教授、京大大学院医学研究科の高橋良輔 教授、慶應義塾大学医学部の岡野栄之 教授(生理学)、同 中村雅也 准教授(整形外科学)らによるもの。詳細は、「Stem Cell Reports」オンライン版に掲載された。
ALSの9割は孤発性で、残りの1割程度が遺伝性と言われており、その遺伝性の20%が遺伝子「SOD1」が変異していることがわかっており、そうした変異SOD1遺伝子をもつマウスやラットでは、ヒトのALSと同じような症状が見られることから、ALSモデル動物として活用されてきた。
そうしたモデル動物を用いた研究などから近年、神経細胞以外のグリア細胞が病気の進行に関与していることがわかってきており、中でもアストロサイトは、孤発性のALSと遺伝性のALSの両方に関わっていると考えられ、これまで、胎児由来神経幹細胞をはじめとしてさまざまな種類の細胞移植研究が試みられてきた。しかし移植用細胞の供給は限られており、倫理的な問題も有ることから、安定した調達は容易ではなかった。そこで研究グループは今回、ヒトiPS細胞からグリア系神経前駆細胞へと分化させる方法を確立し、ALSの細胞移植治療に使う細胞としての有用性の検証を行ったという。
実際に、ALSの症状が出始めている生後90日のALSモデルマウス24匹(オス17匹、メス7匹)の腰髄部分にiPS細胞から誘導したグリア系神経前駆細胞をマウス1匹あたり8万個移植したところ、移植しなかったマウス群(コントロール群)では平均生存期間が150.4±12.1日であったものが、細胞移植群では162.2±12.8日と7.8%長くなっていることが確認されたほか、細胞移植後50~80日目(生後140~170日目)のマウスを用いて、移植細胞がどのような細胞に分化しているのかを調べたところ、主にアストロサイトに分化した様子が観察されたという。また、観察した限りでは腫瘍の形成は確認されなかったとする。
さらに治療効果の機序の検討に向け、神経栄養因子の発現量を検討したところ、生着した移植細胞に加え、ホストであるマウスの細胞の神経栄養因子の発現量も増加していることが判明したという。
なお、研究グループでは、今回は細胞移植治療によりALSモデルマウスの脊髄環境の改善が確認されたが、グリア系の細胞は神経細胞の周りの環境を整える機能をもっている細胞であり、運動神経細胞そのものではないため、将来的には運動神経細胞も移植することで、より大きな機能回復効果が期待できるかもしれないが、そのためにはまだ多くの解決すべき課題があり、実際にヒトで治療効果をみる段階に至るまでには、多くの時間が必要となるだろうとの見方を示している。