ある種の有機結晶が光で溶ける仕組みを、東京工業大学大学院理工学研究科の星野学(ほしの まなぶ)研究員(現・東京大学大学院工学系研究科特任研究員)と腰原伸也(こしはら しんや)教授らが世界で初めて解明した。この有機結晶には、分子が整列している部分と熱運動している部分が共存している。その共存こそが光融解現象の原因であることを突き止めた。

図1. 光照射によって溶けたアゾベンゼン誘導体の結晶の顕微鏡写真(上)と模式図(下)
コインが積みあがったような構造をしているが、光照射されるとアゾベンゼンの部分が光異性化して、コインにひずみが生じ、列もバラバラになる。(提供:東京工業大学)

高エネルギー加速器研究機構(KEK、茨城県つくば市)フォトンファクトリーの放射光X 線で結晶構造を観察した。光照射による分子材料設計や産業化に道を開く成果として注目される。産業技術総合研究所の則包恭央主任研究員と阿澄玲子グループ長、KEKの足立伸一教授との共同研究で、6月12 日に米化学会誌Journal of the American Chemical Societyオンライン速報版に発表した。

図2. -183度と20度でのアゾベンゼン誘導体の分子構造変化
楕円体は原子核が50%の確率で存在するエリアを示す。-183度より20度の方が長鎖アルキル基末端の動きが大きく、激しく運動している。(提供:東京工業大学)

通常、結晶は高温に熱せられると、溶けだすが、同じような融解が、光を当てるだけで室温でも起こる結晶がある。この技術は、結晶材料の成形・加工コストを大幅に削減し得るとして期待されている。

研究の対象にしたのは、長鎖アルキル基をもつアゾベンゼン誘導体の結晶。-183度で光を当てても溶けず、室温で光を当てると溶ける性質がある。 実験では、-183度から室温まで温度を上げながら、X線構造解析を行い、その時の構造変化を調べた。

温度上昇に伴い結晶中の長鎖の部分がダイナミックに動き、熱運動を起こしている様子をまず捉えた。結晶の時、分子は2つのアゾベンゼンの連結した部分が積み上がったコインのように整列している。しかし、紫外線を照射すると、アゾベンゼンの構造が異性化してひずみが生じ、整列が壊れ始める。さらに長鎖の熱運動が加わって、全体が一気に乱れた状態へ移行し、融解が起こることを確かめた。

この分子のように長鎖を持っている場合、結晶内で通常、長鎖が揺れ動くため、構造を解析するのが難しい。放射光の高輝度な光だからこそ、分子構造が解明できた。

研究グループの星野学さんは「光で融解する有機結晶は極めて珍しいが、有機材料の成形・加工の革新的技術として期待されている。その技術を確立するため、光で溶ける仕組みの解明が欠かせなかった。今回、結晶の中でそろった部分と熱運動で激しく動く部分の共存が鍵を握っていることがわかった。その意義は大きい。同じことが起きるように分子設計して、光で溶ける有用な有機結晶を作りだし、研究を発展させたい」と話している。