日本列島の植物の保全は急務である。そのことを知らせる研究が報告された。日本で維管束植物(シダ、裸子、被子植物)の減少傾向が現状のまま続くとした場合、100年後までに370~561種の絶滅が起こる可能性があることを、国立環境研究所の角谷拓(かどや たく)主任研究員と九州大学大学院理学研究院の矢原徹一(やはら てつかず)教授らが示した。
植物1618種の絶滅リスクを分析した結果で、その絶滅速度は世界全体の維管束植物で推定されている値の2~3倍にも相当する。国立・国定公園の区域内と外で個体数の減少傾向を比較したところ、公園内では減少傾向が最大で60%程度改善されていることも確かめた。絶滅危機を警告する定量的な分析として注目される。
国立環境研究所、日本自然保護協会、徳島県立博物館、神奈川県立生命の星・地球博物館、神戸大学、岐阜大学、愛知教育大学、北海道大学、熊本大学、人間環境大学、横浜国立大学、琉球大学、東北大学、九州大学の植物学者を総動員した共同研究で、6月12日付の米オンライン科学誌プロスワンに発表した。
動物に比べて植物の調査は遅れがちだ。日本植物分類学会と環境省は、市民も含む調査員約500名の協力で、1994-1995年と2003-2004年に、維管束植物の個体数分布全国調査を実施した。全国を10km x 10kmの調査区(4473区)ごとに、調査員が絶滅危惧維管束植物種の個体数を記録した。10年間を挟んだこの2回の調査で、個体数の記録が得られたのは1618種に上った。研究グループは今回、この結果を基に、国内1618種の絶滅リスクを定量的に分析した。全国規模で植物の定量的な絶滅リスクを分析したのは世界で初めての試みという。
絶滅リスクを見る際、2つの情報を利用した。ひとつは第2回調査時(2003-2004年)の個体数(現存個体数)、もうひとつは2回の調査の間での個体数増減(10年あたりの個体数変化率)。個体数変化の平均的傾向が今後も変わらないと仮定して、将来10年ごとの個体数は、現存個体数に個体数変化率を繰り返し乗じて算定した。この計算をすべての種、すべての調査区で行い、種ごとに絶滅リスクを推計した。
解析の結果、100年後には370~561種の絶滅が起こると推定された。国立・国定公園に含まれる調査区では、個体数の減少防止確率が、公園外を0とした場合に、特別地域で0.22、特別保護地区で0.62となっていた。多くの植物の絶滅を回避するためには、保護区の一層の拡充が求められることがはっきりした。
ただ、保護区の面積を増やすだけでは、絶滅リスクの低減の効果は限定的なこともわかった。国立・国定公園内で個体数減少が続く要因は、踏みつけや採集が主で、保護区を設置しても影響が軽減されないか、悪化する傾向さえみられた。日本全体では、開発が植物絶滅危機の最大の要因だった。
研究グループの矢原徹一九州大教授は「全国規模の定量的な植物絶滅リスクの分析は世界で初めてで、国際的に誇れる研究だが、日本の植物の絶滅危機は深刻であることがよりはっきりした。生物の保全効果を上げるためには、それぞれの保護区で、個体数を減少させている要因に応じて、きめ細かい管理が望まれる。将来予測を高めるには、個体数分布を把握する広域調査を継続的に実施する必要がある」と提言している。