細胞の中に別の細胞が共生する。この共生は生物の初期進化の原動力のひとつだった。その仕組みが遺伝子レベルでわかり始めた。ゾウリムシと近縁の原生動物のミドリゾウリムシが細胞内に多数のクロレラを入れて共生する時に遺伝子の発現ががらりと変わる事実を、島根大学の児玉有紀(こだま ゆうき)准教授、山口大学の鈴木治夫准教授、藤島政博教授らが初めて確かめた。

写真. Aは細胞内の多数のクロレラと共生して緑色に見えるミドリゾウリムシ。Bは暗闇で10日ほど培養した後。ミドリゾウリムシは、光合成できないクロレラを消化してしまう。Cはミドリゾウリムシの細胞膜を破って単離したクロレラ。DはBとCを混合してから3時間後の様子。クロレラを共生させつつあるミドリゾウリムシ。(提供:島根大学)

細胞内共生がどのように成立し、維持されているかを遺伝子レベルで解明する新しい手がかりといえる。基礎生物学研究所の重信秀治(しげのぶ しゅうじ)特任准教授らとの共同研究で、3月10日付の英オンライン科学誌BMC Genomicsに発表したところ、アクセス数が多い注目論文と認定された。

グラフ. クロレラ共生・非共生時の宿主ミドリゾウリムシの遺伝子発現変化。ミドリゾウリムシのひとつひとつの遺伝子が点でプロットされている。X軸は遺伝子発現強度で、右に行くほど発現量が高い。Y軸は発現の変動の倍率を示し、0から上下に離れるほど変動が大きい。赤のプロットは統計的に有意に発現の変動が認められた遺伝子。(提供:基礎生物学研究所)

長さ0.1mmほどのミドリゾウリムシは、細胞内に入り込んだクロレラに二酸化炭素や窒素分を与える。クロレラは光合成を行い、光合成で得られた酸素や糖をミドリゾウリムシに供給する。互いにメリットをもたらし、もちつもたれつの関係にある。ミドリゾウリムシとクロレラは、真核細胞同士の細胞内共生研究のモデルとして有望視されているが、遺伝子に関する情報がほとんどなかった。

研究グループは今回、ミドリゾウリムシの網羅的な遺伝子カタログを作成した。ミドリゾウリムシからRNAを抽出し、基礎生物学研究所の次世代シーケンサーで塩基配列情報を解読、大型計算機で1万557個のミドリゾウリムシ遺伝子を突き止めた。

次に、細胞内のクロレラと共生しているミドリゾウリムシと、クロレラを除去したミドリゾウリムシから、それぞれRNAを抽出し、共生の有無によって、ミドリゾウリムシの遺伝子発現がどのように異なるのかを調べた。発現が変化するミドリゾウリムシの遺伝子数は発現遺伝子総数の6割を超える6698個もあった。共生に伴って発現量が変化する遺伝子群には、ストレスタンパク質遺伝子や抗酸化作用を持つ遺伝子などが含まれていた。

こうした細胞内共生は地球上のいたるところで繰り返し起こり、細胞の中にある核やミトコンドリアなども共生が起源だったとみられている。研究グループの児玉有紀島根大准教授は「これまでは細胞内共生を顕微鏡で観察してきたが、今回の成果で、遺伝子レベルの解明ができる出発点に立った。ミドリゾウリムシとクロレラの共生は実験が容易で、簡単に研究できる。この共生に伴う遺伝子発現変化を詳しく解析して、共生の謎を解きたい」と話している。