同じ遺伝情報を持ちながら、遺伝子発現が変わっていく現象をエピジェネティクスと呼ぶ。われわれの体が200種類以上の細胞に分化するのもこの現象のおかげだ。エピジェネティクスの代表格のDNAメチル化をマウス個体全身の細胞で生きたまま可視化することに、大阪大学微生物病研究所の上田潤特任助教と山縣一夫特任准教授らが世界で初めて成功し、このマウスを「メチロー」と名付けた。
メチローは果たして、生物学のスーパースターになるだろうか。受精卵から個体への発生や幹細胞の研究、創薬など幅広い分野で役立つ基本技術として注目される。九州大学大学院医学研究院の大川恭行准教授や大阪大学大学院生命機能研究科の木村宏准教授、扶桑薬品工業の八尾竜馬主任研究員らとの共同研究で、6月3日付の米科学誌Stem Cell Reportsオンライン版に発表した。
DNA塩基のシトシンのメチル化は、遺伝子の転写活性の制御に関わっており、さまざまな細胞で時々刻々と変化して、正常な発生やがん化が進んでいくことが知られている。しかし、これまでの生化学的手法では、この変化を静止画としてしか捉えられず、生きたまま追跡できなかった。
研究グループは、細胞の核の中でメチル化されたシトシンに結合する赤色蛍光タンパク質の遺伝子を組み込んで、全身で発現する遺伝子改変マウスを作製した。このマウスで、DNAのメチル化がどのように変動するのかを、生きたまま個体レベルで解析できるようになった。
メチローの画像データで、受精卵から細胞分化に伴って、染色体の中央に位置するセントロメア近傍領域のメチル化が上昇し、転写されないヘテロクロマチン構造が形成されていく様子を捉えた。マウスの細胞の画像も加えて、核の中のDNAメチル化パターンが細胞の分化や病態の指標になり得ることを示した。
研究グループの上田潤さんは「細胞を処理して生化学的に分析するしかなかったDNAメチル化を、生きたままマウスの個体で観察できるようになった意義は大きい。各種細胞で時系列的な変化や、メチル化する遺伝子のシークエンスも解析できる。このメチローマウスは、発生や幹細胞の研究、抗がん剤などの創薬開発に極めて有用だろう」と指摘している。