千葉大学は、"準安定状態"と呼ばれる、外部からの刺激に敏感な集合状態を意図的に造り出すという新しい概念により、"押す"や"擦る"といった巨視的な刺激により発光色が変化する有機化合物材料であるメカノクロミック発光材料を開発したと発表した。
同成果は、同大大学院 工学研究科 共生応用化学専攻の矢貝史樹准教授らによるもの。詳細は、英科学誌「Nature Communications」に掲載された。
近年、"押す"や"擦る"といった機械的な刺激に応答する発光性有機分子材料の発見が相次いでいる。これらはメカノクロミック発光材料と称され、機械的な刺激を検出できる新材料として注目されている。しかし、"押す"、"擦る"といった人の手で加えられるような"巨視的な力"が分子レベルまで伝達されるように分子を設計することは非常に難しく、これまでに報告されているメカノクロミック発光材料のほとんどが、偶然見出されたものであり、分子の合理的な設計指針は確立されていなかった。
今回、メカノクロミック発光材料を合理的に設計する指針として、"準安定状態"を利用した。分子が固体(集合状態)になる時、まれに外部からの刺激に不安定な状態が形成されることがある。これが準安定状態である。研究グループでは、発光性の有機化合物を意図的に準安定状態に集合させれば、機械的刺激のような分子に伝わりにくい刺激に対しても敏感になると予想。そこで、準安定状態を意図的につくりだすために、発光性の有機化合物に特殊な官能基を導入することで、電子密度が偏った性質(双極子性)と、水と油のどちらにもなじみ易い性質(両親媒性)を持たせたという。
そして、この合成した新規発光分子を有機溶剤に溶かして塗布乾燥させると、黄色く発光する薄膜が得られた。この薄膜をガラス板に挟んで軽く押すと、流動性を持った液晶へと変化し、発光色もオレンジ色に変化することがわかった。液晶をさらにガラス棒などで強く擦ると、液晶はさらに結晶へと変化し、それに伴って発光色が緑に変化した。さらに、液晶の一部分を擦っただけでも、試料全体が結晶へと変化することも明らかになった。これは、液晶が結晶の構造をコピーして次々と構造変化を起こすためと考えられるという。
また、今回の研究では、ある種の液晶がリチウム塩によって安定化されることを利用し、液晶から結晶への構造変化を利用したイメージングデバイスの作製にも成功した。ガラス基板上に薄く拡げた液晶に、リチウム塩を含む有機溶剤を不可視インクとして用い、インクジェット法によって絵柄や文字を描画した。その後、液晶の一部に結晶の小片を接触させ、液晶-結晶変化を引き起こすと、描画したイメージがオレンジ色の発光として浮かび上がった。結晶への変化は同一分子の結晶でないと誘因できないため、分子を"鍵"とした新しい概念に基づく情報記録デバイスとしての発展が期待されるとしている。
今後、様々な発光性分子に対して同様の分子デザインを適用することで、多様なメカノクロミック発光材料の開発が可能になる。これにより、有機化合物を用いたメカノセンシング材料の開発が活発化し、工業製品の開発過程だけでなく、医療現場など、繊細かつ微小領域での機械的刺激の検出が必要とされる分野への展開が期待される。一方、液晶-結晶変化とインクジェット法を組み合わせたイメージング技術は、特定の分子を接触させることで情報を読み出すことのできる"分子の鍵"を概念とした情報記録デバイスの開発へとつながると考えられる。今後は、様々な発光色を示すメカノクロミック発光材料を混合することで、イメージングの多色化を試み、複雑な情報の書き込みと読み出しを可能にしたいとコメントしている。