先日ものすごい物に出会いました。それは、アフリカの途上国「マラウイ」の19歳の少年が自ら生み出した風車です。親戚の家のトタン屋根に、錆びついた自転車の車輪--。村中からかき集めた部品を組み合わせたその風車は、電気がない村の闇をほのかに照らしました。
突然の出会い
私がその風車と出会ったのは、春の暖かさが訪れ始めた3月末。春一番が吹き荒れる、風の強い日でした。私は、全国の高校生が科学研究の成果を発表するイベントに参加していました。早めに会場に着いたので、うろうろと歩いていると…、突然「それ」が目に飛び込んできたのです。
それは、見慣れた人工物の中で、輪郭がくっきり浮かび上がるように目を刺激しました。「何ですかこれは」。私は目を大きく見開いて、"異彩を放つ何か"を組み立てている人たちに尋ねました。
「マラウイの少年が自分で作った風車なんです!」
答えてくれたのは、発展途上国を援助する活動に励む「国際協力機構(JICA)」の青年海外協力隊の元隊員たち。イベントにブースを出していました。
マラウイってこんな国
皆さんはマラウイがどこにあるか分かりますか? ここです! アフリカの南東にある、南北に伸びる細長い国。日本の3分の1ほどの広さに、東京都民より少し多い1500万人が暮らしています。電気と水道の普及率は、いずれも10%以下。多くの地域では、夜は暗闇の中で過ごし、水は井戸から地下水を汲み上げています。
集落と集落をつなぐ道は舗装されておらず、自転車で走ると風で舞い上がった砂埃で土まみれに。道の両脇には、トウモロコシ畑が見渡すかぎり広がっています。レンガを積んだ釜に薪をくべて、トウモロコシの粉をグツグツ…。できたものを練り上げた「シマ」と呼ばれるものが主食です。学校の授業は日没まで。夜はろうそくの明かりで過ごし(電池で光る懐中電灯はあります)、凍える夜には畑に生えた雑草を燃やして暖を取ります。電気はほとんど使いません。
「生活に役立つものを作りたい」
風車を作ったのは、マラウイの「ンサナマ村」(日本人には発音がやや難しい)に住む、Gerald kadango(ジェラード・カダンゴ)。日本では高校の時期にあたる「セカンダリースクール」で、隊員から理科や数学を教わりました。
ジェラードが風車の構想を練り始めたのは、2012年の始めごろ。村への電気の供給がないため、懐中電灯の電池や携帯電話の充電への出費が膨らんでいました。
「もし自分で電気を生み出せれば、少しでも節約できる。生活に役立つ新しいものを作りたい」
学校を卒業した後の2013年7月、ついに想像を形にし始めました。アイデアの元になったのは、子供のころに遊んだ、風の力で転がるおもちゃ。回る力をモーターにつなげたら、電気を生み出せるに違いない。ジェラードは誰に教わるともなく、黙々と試行錯誤を続けました。
風車の回転数を上げる驚きのアイデア
ジェラードは、開発までの道のりを1冊のノートに綴っていました。
- 地面から高い方が風が強い
- 風で壊れないように、羽根は強くて大きなものが良い
- 風車が常に風の吹く方向を向くように、旋回軸をつくる
その論理的な考え方に驚かされます。
中でも、発電量を大きく左右するモーターの回転数を増やすアイデアには驚かされました。小さいころから慣れ親しんでいる、自転車のチェーンに着目しました。
「ペダルを1回漕ぐだけで、車輪はそれ以上に回る」
自分の体験から学んだ知恵を生かしました。
荒々しい風車が、村を照らす
ジェラードの風車は、一言で表現すると…「荒々しい」。町工場から生み出された、できたてホヤホヤのプロトタイプのように、荒々しいのです。
風車の骨組みには、赤茶色の錆が目立つ使い古された自転車の車輪を。羽根は、折り曲げた祖父の家のトタン屋根。発電機には、叔母さんが昔使っていた壊れたミシンを分解して取り出したモーターを使いました(最新型はラジオのモーターを使用)。村からかき集めた部品は、日本では「ガラクタ」と見なされてもおかしくないものばかり。しかし、ものは使いようです。
出来上がった風車は、廃材の木材に釘で打ち付けられました。錆だらけの釘の尖った先は、木の板を貫いてむき出しに。最後は、家の屋根の高さを大きく超える4mほどの松の幹に取り付けて掲げました。見ていて飽きない、人の心を力強く揺さぶる、「荒々しい」風車ができあがりました。開発に取り掛かってから1カ月。ついに風車は、生暖かく乾いた風を受けて、ゆっくりと回り始めました。青白い懐中電灯の光とともに。
「みんなから『あいつは頭がおかしい』って言われる。僕たちの村では、誰もこんなことしないから。僕が最初なんだ」
黒い肌に際立つ白い歯をのぞかせながら、ジェラードが誇らしげに微笑みを浮かべました。確かに、生み出した懐中電灯の光は、微かなものかもしれません。しかし、闇に包まれた村をしっかりと照らす、大きな期待が込められた灯火に違いありません。
エネルギーは"耕作"する1次産業
日本は今、一部の大きな電力会社が、大規模な発電所を建てて、安定した電気を送っています。停電は、台風や豪雨などの自然災害のときに、一部の地域で起こる程度。安定した安い電気が使えることが、当たり前になっています。しかし、日本でも一部の地方で、市民が主体となって作った風車や小水力発電所が、稼働し始めています。
「エネルギーは、農業や林業、漁業と同じように、その土地で使うだけの量を、"土地を耕して収穫するもの"」
私はそう思います。「大規模集中型から、小規模分散型へ」。ジェラードの風車を見て、エネルギーをその土地で自分でかき集める、本来の姿を学んだ気がします。
「月」に何を思ふ
ジェラードはセカンダリースクールを卒業後、父の農作業を手伝っています。大学への進学の道もありますが、経済的に厳しい状況です。しかし、ジェラードは私への手紙にこう綴りました。
「僕は風車を建てる夢をあきらめない。勉強を続けて科学者になりたい」
マラウイの夜空には「ミルクの流れたあと」のような素晴らしい天の川が広がっている。隊員の方たちが教えてくれました。満月は、情熱や夢の象徴として描かれることがしばしばあります。ジェラードの目には、マラウイの満月はどのように映っているのでしょうか。
著者プロフィール
福田 大展(ふくだ ひろのぶ)
日本科学未来館・科学コミュニケーター
限りある資源を求めて人は争う。だが太陽の光は平等に地球を照らす。再生可能エネルギーへのエネルギーシフトを進めるべく、新聞社を飛び出した31歳。新聞記者として原発・地震防災を取材した後、2012年より現職。「今以上の給料と大切な人と過ごす時間、どちらがほしいですか」。対話を通して、未来を考える。日本の伝統文化を愛し、今日も「赤いふんどし」をはき続ける。