名古屋大学(名大)は、京都大学、鹿児島大学、国立環境研究所、産業技術総合研究所、東京農工大学との共同研究により、リアルタイムにその場で大気中の微粒子(PM2.5)中の重金属などの化学成分を観測できる装置を開発して、大陸から飛来するPM2.5の観測を行い、PM2.5中に鉛(Pb)などの健康への悪影響を及ぼす重金属成分が微量ではあるが含まれていることを見出し、それらの起源が大陸での石炭燃焼や産業廃棄物燃焼であることを実証したと発表した。

成果は、名大 太陽地球環境研究所の松見豊教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月4日付けで大気環境科学論文誌「Atmosphere Environment」にオンライン掲載された。

PM2.5の人体や環境への悪影響が示唆されているのは、多くの人が知るところだ。健康への悪影響を及ぼし、地球の温暖化・冷却化にも影響を与え、その動態を把握することは重要だ。特に、中国の都市部などでは高濃度のPM2.5の発生が観測され、偏西風において風下に位置する日本はその影響が危惧されている。

現在のPM2.5の警告基準はどのように決定されているのかというと、「質量濃度の大きさ」だ(画像1)。これは実はかなり大ざっぱな判定方法で、例えば、単純な土壌粒子・海塩・水分が1立方m当たり70μg飛んでいる場合と、危険と思われる重金属が主成分で70μg飛んでいる場合が、まったく同じ「危険」の警告レベルの扱いとなってしまう(画像2)。現在のところ、リアルタイムで重金属などの化学成分を簡便に測定する装置がなく、PM2.5の全重量濃度を測る装置に頼っているためだ。

画像1(左):現状のPM2.5の計測の問題点その1。化学成分の有毒性がまったく考慮されず、粒子の重さだけで注意報が出されている。一方で、化学成分をリアルタイム計測するのは難しいのも事実。画像2(右):問題点その2。健康への悪影響の高いPM2.5情報を得るためには、PM2.5中に含まれる化学組成を調べる必要がある。さらに、化学成分をリアルタイムで計測することで、迅速な健康への影響を考慮した情報がより望ましい

こうした事態を受けて文部科学省でも科学研究費新領域研究として「東アジアにおけるエアロゾルの植物・人間系へのインパクト」内の研究計画「健康影響が懸念されるPM2.5粒子状物質のわが国風上域での動態把握」により、長距離輸送されたPM2.5の化学組成を調べるため、冬から春にかけてさまざまな装置を用いた集中観測が実施された。その中で松見教授らによって開発されたのが、1つ1つのPM2.5成分をリアルタイムにその場で解析する装置だ。

同じPM2.5でも、アジア大陸から長距離輸送されたものだけでなく、日本国内で発生したものもある。そこでその両者を区別するため、PM2.5の収集と分析は、日本の風上域に位置し観測所近辺でのPM2.5の人為的発生源が少ない長崎県の離島である福江島にて実施された(画像3)。

PM2.5は、発生原因により粒子を構成する組成が異なるという化学的な特徴を持つ。要するに、化学組成に関する情報は発生源を推測するための証拠の1つとなるのである。さらに、特定成分を含んだ粒子を選別できるため、人体への影響の大きな金属成分を含んだものがどれだけ存在するのかも明らかにすることが可能だ。そうしたことから、松見教授らは開発した装置を用いて、アジア大陸から長距離輸送されたPM2.5中の金属成分に注目して分析を実施したのである。

画像3。長距離輸送されるPM2.5

一般的なエアロゾルの成分分析では、大気をフィルターに通して吸引することでPM2.5を収集した後、そのフィルターから成分を抽出して化学的に行う形だ。しかしこの方法は、比較的長い時間にわたって吸引を行う必要があり、さらに実験室で分析しなければならないので、短時間の大気中の化学的な変動を追いかけることができないという弱点を持つ。

そこで松見教授らは、フィルター採取法の問題点を克服できるような新しい粒子の分析装置を開発(画像4・5)。取り込んだエアロゾル粒子に強力な紫外エキシマレーザーパルス光を照射し、気化した成分をイオン化して質量スペクトルを計測するという原理の装置だ(画像6)。これにより、1つ1つのエアロゾル粒子の化学組成に関する情報をリアルタイムで得ることが可能だ。また、化学成分と同時に粒子の大きさに関する情報も得られ、成分の粒子サイズ依存性も知ることができるのである。

画像4(左):開発された装置の外観。画像5(中):紫外エキシマレーザーパルス光を照射してPM2.5を気化させ、成分をイオン化させた上で質量スペクトルを計測する。画像6(右):その計測の原理の模式図

春期に行われた福江島での観測では、フィルターで採取したPM2.5中のPb鉛成分の1日の平均値は、1立方m当たり3.9ng程度と、WHOで定められている環境基準値の1立方m当たり500ngよりはかなり少なかったという。風向により飛来する粒子濃度は変化するが、大陸からの気塊が飛来する時には、平均値の2倍以上の濃度の日も見られたとした。

また、測定期間中に24時間平均したリアルタイム測定による粒子数と、1日ごとのフィルター採取したPM2.5中のPbの重量濃度の経時変化はよく一致したが、同測定装置による短時間の変動を観察すると、1日の中でも観測粒子数が大きく変化していることが判明。

さらに、同装置は1つ1つの化学成分・粒子サイズがわかることから、粒子の発生源を推測することが可能であり、今回観測した鉛を含む粒子の多くは、石炭燃焼により発生したことが推測できたとする(画像7・8)。そのほか、産業廃棄物燃焼、重油燃焼や土壌粒子などに分類することができ、人為起源による発生が大部分を占めることが判明した。

画像7(左):実際の大気中で観測されたPbを含むPM2.5粒子の質量スペクトル。画像8(右):実験室で石炭を燃焼させ発生したPM2.5の質量スペクトル

福江島での観測結果により、1日の中でもPbを含む粒子数は大きく変化することが判明した。今回開発された装置を用いることで、金属成分の増減をリアルタイムに報告することが可能となり、今後、より健康への影響を反映したPM2.5情報を提供できることが期待されるとした。また、今回の装置でPbを多く含んだPM2.5の多くは石炭燃焼によるものであるという、発生原因が解明できたことから、PM2.5の排出規制対策において重要な指針となり得るともしている。