大阪大学(阪大)は、日本原子力開発機構、北海道大学、高エネルギー加速器研究機構、国際基督教大学、京都大学、首都大学東京、宇宙航空研究開発機構などとの共同研究により、大強度陽子加速器施設「J-PARC(Japan Protton Accelerator Research Complex)」の物質・生命科学実験施設内にあるミュオン装置群「MMUSE(MUon Science Esttablishment)」の世界最高強度の「パルスミュオンビーム」を用いて、数mm厚の隕石模擬物質から軽元素(炭素、ホウ素、窒素、酸素)の「非破壊深度分析」、有機物を含む「炭素質コンドライト隕石」の深度70μm、および深度1mmにおける「非破壊元素分析」という新たな分析手法の開発に成功したと発表した。

成果は、阪大 理学研究科の寺田健太郎教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月27日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

第2世代の荷電レプトン「負ミュオン(μ-粒子)」(ミュー粒子、ミューオンとも)は、電荷-e、質量が電子の約200倍、平均均寿命が2.2×10-6秒という不安定素粒子だ。近年、高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で運営するJ-PARCでは、その負ミュオンを用いた、世界最高強度のパルスミュオンビームを生成することに成功し、さまざまな分野野への応用が期待されていた。

ミュオンビーム分析の最大の特徴は、測定試料内でμ-粒子が重い電子として振る舞うことだ。μ-粒子は高い物質透過能力を持ち、電子よりはるかに試料の奥深くまで侵入することができる(画像1)。試料中で運動量を失ったμ-粒子はある深さで元素に取り込まれる。元素に取り込まれたμ-粒子は電子よりも原子核に近い軌道を周回しながら(画像2)、より低いエネルギー準位の軌道へと遷移し、元素ごとに特有のエネルギーを持つ「特性X線(ミュオン特性X線)」を発生させる。電子の内殻・外殻のエネルギー差は元素ごとに固有であるので、特性X線のエネルギーも元素に固有であり、このことから特性X線のエネルギーと強度を求めることにより、測定試料を構成する元素の濃度分析を行うことができるというわけだ。

このミュオン特性X線は、電子線を試料に照射して得られる特性X線のスペクトルから元素分析を行う「EPMA(Electrron Probe Micro Analyzerr)」のような電子ビーム分析で発生する特性X線に比べ、約200倍のエネルギーを持ち(例えば、μ-C Kα線=75keV、μ-N Kα線=102keV、μ-O Kα線=133keV)、物質の透過能力が高いことから、cmサイズの物質内部の化学組成の情報を非破壊で得ることが可能となる。この元素分析法は40年以上前に実は提案されていたが、技術的な問題で長らく実現できなかったが、J-PARCにおいて世界最高強度のパルスミュオンビームが開発されたことから、遂に実現したというわけだ。

画像1(左):電子ビームX線分析とミュオンビームX線分析の違い表面近傍を観る電子ビームに対し、透過力の高いミュオンビームは、研究の背景、内容入射エネルギーを変えることで、バルク状態の任意の深部まで届く。画像2(右):負ミュオン粒子が電子のように原子核の周囲を回る「ミュオニック原子」のイメージ図

今回の研究では、まずμ-粒子の運動量を32.5MeV/cから57.5MeV/cまで段階的に変化させながら、SiO2(二酸化ケイ素)、C(グラファイト)、BN(窒化ボロン)、SiO2の4層(各1.4mm、計約6mm)からなる試料に照射した深度プロファイル分析に成功した。

続いて、太陽系誕生時の記憶を残し、生命材料ともなりえた地球外有機物を含む隕石である炭素質コンドライトの深さ70μmmからの炭素ピークの検出にも成功。従来の電子ビームによる分析では、極表面付近の数μm程度の深さしか分析できないという。

そして3点目が、2014年度に打ち上げられ、2018年にC型小惑星「1999 JU3」に到着、そこからのサンプルリターン(2020年に地球帰還)を目指す「はやぶさ2」の回収試料の非破壊元素分析を想定し、ガラスチューブに封入した「マーチソン隕石」から、隕石起源のマグネシウムと鉄のピークを検出することにも成功した点だ(画像3)。なおC型小惑星とは、反射スペクトルが炭素質コンドライト隕石と類似した特徴を示す小惑星のことをいう。炭素質コンドライト隕石は発見された隕石の中では少なく、太陽系初期の記憶を残すとされる隕石だ。また有機物を含むものもあることから、C型小惑星には太陽系や生命材料物質の進化の証拠が残されていると考えられているというわけだ。

画像3。ガラスチューブ越しの隕石のX線スペクトル(赤)

今回研究チームが開発したミュオンを用いた分析手法は、非破壊でcmサイズの物質内部における元素の濃度と分布を知ることができ、今後、位置検出型の検出器の開発が進めば、人類はレントゲンなどのX線ラジオグラフィ(X線による物質内部の密度分布情報を得る透視法のこと)に次ぐ物質を透視する新しい"眼"を持つことになるだろうとしている。