科学技術振興機構(JST)と新潟大学は5月23日、千葉大学との共同研究により、高カロリー食(HFHS)投与によって引き起こされた血管老化が、筋肉でのエネルギー消費を阻害することをマウスの実験で発見したと共同発表した。

成果は、新潟大 医学部 循環器内科学分野の南野徹 教授らの研究チームによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は米国東部時間5月22日付けで米科学誌「Cell Reports」でオンライン掲載された。

細胞は過度のストレスを受けると、「細胞老化」と呼ばれる増殖停止状態が誘導される。この現象は、遺伝子が障害を受けて細胞ががん化することを防ぐためと考えられているが、身体全体の老化にも影響し、さまざまな加齢関連疾患の発症にも関与していることがわかってきている。

これまでの多くの研究で、肥満により内臓脂肪組織に脂肪が蓄積すると脂肪組織が慢性の炎症状態になり、糖代謝が抑制されて糖尿病を引き起こすことがわかっている。そして、糖尿病やメタボリックシンドロームは、心臓病や脳卒中・腎不全など多くの合併症を引き起こす疾患だが、これらの合併症の多くに血管病変が関与していることも確認済みだ。血管病変に基づく糖尿病の合併症として糖尿病網膜症や糖尿病腎症などがよく知られている。また、この血管病変において、細胞が老化していることが近年わかってきた。

しかしそうした血管の細胞老化が、肥満・糖尿病といった慢性の代謝性疾患に対してどのような影響を及ぼすのか知られていなかった。そこで南野教授らは、新たな治療標的の可能性を考え、肥満・糖尿病における血管老化の役割を解明することにした次第だ。

南野教授らは、肥満・糖尿病モデルでの機能解析に取り組むに際して、まず細胞老化経路における鍵分子であるタンパク質「p53」に着目した。老化分子p53は、細胞が度重なる細胞分裂や放射線・酸化ストレスなどの刺激を受けて発現上昇/活性化し、機能異常を起こした細胞の分裂を停止させたり、細胞自殺に追い込んだりすることがわかっている。このp53の発現量をマウスで観察するために、HFHSを与えることで糖尿病を発症させた。すると、この糖尿病マウスは、血管細胞におけるp53の発現が上昇していることが確認されたのである(画像1・2)。

HFHS摂取マウスの血管におけるp53発現の上昇。画像1(左):大動脈におけるp53タンパク質発現細胞の割合は、HFHSを与えると、普通食(Chow)より顕著に上昇することが確認された。画像2(右):肺と筋肉から取り出した内皮細胞のp53タンパク質の発現量は、HFHSを与えたマウスで上昇(ウエスタンブロット法)

次に、血管細胞におけるp53の発現が、糖尿病発症過程においてどのような役割を果たしているのかを調べるために、血管細胞だけでp53を欠損(血管老化抑制)させた「血管細胞p53欠損マウス(EC-p53KO)」が作製され、HFHSが投与された。その結果、このマウスでは野生型糖尿病マウスと比較して糖代謝機能の悪化度が少なく、肥満も野生型糖尿病マウスより抑えられていることが確認されたのである(画像3・4)。血管細胞でのp53活性化は、肥満・糖尿病に悪影響を及ぼしていたことがわかった。

血管のp53は肥満を促進し血糖消費を抑制する。画像3(左):4~12週齢までHFHSが与えられた野生型マウス(Control)の体重の増加(肥満進行)が、EC-p53KOでは抑制された。つまり、血管細胞のp53はHFHS投与による肥満を促進していることを示すという。画像4(右):糖尿病の進行に伴い増加する糖負荷による血糖(グルコース)上昇が、EC-p53KOでは軽減(12週齢時)。つまり、血管細胞のp53は血糖消費を抑制しているというわけだ

続いて、血管細胞でのp53分子が、糖代謝機能の変化の過程においてどのような機能を果たしているのか、糖代謝に関わるさまざまな経路の探索が行われた。まず、エネルギー消費量の変化が調べられたところ、血管老化抑制マウスは野生型マウスより酸素消費量が多く(画像5・6)、筋肉へのグルコース取り込み量が高いことがわかったのである(画像7)。

画像5(左):EC-p53KOは酸素消費量が多い。HFHS摂取下で、夜18:00から1日間における経時的な酸素消費量が測定されたところ、EC-p53KOの方が同腹のControlより常に高い酸素消費量であることが確認された(マウスは夜行性)。画像6(中):夜(Dark、18:00-6:00)と日中(Light、6:00-18:00)における酸素消費量がそれぞれ計算されたところ、EC-p53KOの酸素消費量が有意に多いことがわかった。画像7(右):血管細胞p53欠損により筋肉におけるグルコースの取り込みが増加する。HFHS摂取していたEC-p53KOでは、各種の筋肉(骨格筋)におけるグルコースの取り込み量が、同腹のControlより顕著に多かった

さらに、筋肉へのグルコース輸送機能が調べられたところ、糖尿病を発症させた野生型マウスは、血管細胞においてグルコース輸送の一部を担う輸送分子「Glut1」の発現が減少したが、血管老化抑制マウスでは変化がないことが確認された。そして、血管老化抑制マウスのGlut1の発現を抑制すると、筋肉へのグルコースの取り込みが抑制されたのである(画像8・9)。このことは、HFHSの摂取による血管細胞でのp53発現がGlut1の発現を抑制し、血管から筋肉へのグルコース供給が抑制されることを示しているという。

血管細胞p53欠損による血管Glut1発現量の増加と、Glut1抑制による筋肉へのグルコースの取り込み低下。画像8(左):HFHSを摂取した場合、Controlでは大動脈における血管Glut1発現量が減少するが、EC-p53KOでは減少しないことが確認された。Chowの摂取では野生型との差はない(real-time PCRでRNAの発現量が測定された)。画像9(右):Glut1の発現を抑制するsiRNA(siGlut1)を投与すると、筋肉(下肢の骨格筋)へのグルコースの取り込みが低下することが確認された。siControlはGlut1の発現に無関係なコントロールのsiRNA

また野生型マウスでは糖尿病を発症させると、血管細胞での一酸化窒素(NO)産生が低下していることも判明。NOは筋肉細胞に働いてミトコンドリアの合成を促す分子だが、そのNO産生量の低下によって筋肉細胞内でのミトコンドリアの合成が抑制され(画像10・11)、エネルギー消費量の低下を招いていることも確認された。

高カロリー食摂取により骨格筋のミトコンドリア量は内皮p53依存的に減少し、ミトコンドリア量の維持には血管内皮細胞で産生されるNOが必要。Cox1(ミトコンドリアゲノム中の遺伝子)の発現量を指標としてミトコンドリアDNA量が計測され、ミトコンドリア合成の変化が確かめられた(なお画像10では、ControlにChowを摂取させた方が1で、画像11ではControlにHFHSを摂取させた方が1で比較された)。画像10(左):Controlの場合、HFHS摂取により、Chow摂取と比較して骨格筋のミトコンドリア量が減少する。しかしEC-p53KOは、こうした減少が阻止される。画像11(右):血管内皮細胞特異的にp53を欠損させて同時にNO産生細胞が障害させられたマウス(EC-p53KO-eNOS+/-)の場合、EC-p53KOと異なり、高カロリー食摂取による骨格筋細胞中のミトコンドリア量減少の阻止が認められなくなった

マウスにHFHSを与えると、血管細胞内でp53が活性化する。p53の活性化はNOの産生を妨げ、これは筋肉細胞でのミトコンドリアの合成を障害。同時に、p53の活性化により血管細胞内のGlut1の産生も障害され、筋肉細胞にグルコースが届きにくくなる(画像12)。これら2つの経路障害により、余剰となったカロリーが、内臓脂肪として蓄積されるようになってしまう。このような脂肪組織では炎症が生じて、肥満や糖尿病がさらに進行すると考えられるという。つまり、糖尿病の血管病変では老化が進むことから、肥満や糖尿病がさらに悪化する悪循環を引き起こしていると考えられるとした(画像13)。

画像12(左):血管細胞で活性化したp53が骨格筋のグルコース消費を抑える。(1)一酸化窒素(NO)の産生を低下させることにより、筋肉細胞でのミトコンドリアの合成を阻害する。(2)糖輸送分子Glut1の産生を障害して筋肉細胞へのグルコース取り込みを妨げる。(3)以上の結果として、エネルギー消費が低下する。画像13(右):糖尿病・肥満で合併する血管老化がさらに糖尿病・肥満を悪化させる悪循環。これまで、糖尿病と肥満に血管老化が合併することが知られていた。今回、血管の老化がエネルギー消費を低下させるため、余剰となったカロリーが脂肪として蓄積し脂肪炎症を促進。その結果、さらなる糖尿病と肥満の進行を誘導する悪循環(Vicious Cycle)を形成している可能性が示された

これまで、一般に糖尿病でしばしば合併する血管障害は、糖尿病の病態の結果と考えられていた。しかし今回の研究により、血管の細胞老化が筋肉というほかの組織でのエネルギー代謝に作用して糖尿病を悪化させるという、まったく新しい可能性が示された形だ。細胞老化の鍵因子p53はがん抑制遺伝子でもあるため、p53そのものを治療標的とすることは難しいと思われるが、今後この側面からの研究進展は、「血管老化から肥満や糖尿病の進行へ」という悪循環を断ち切るための新たな治療法開発に役立つ可能性があるとしている。