順天堂大学は5月13日、血液凝固時に産生される脂肪酸「12-HHT」が皮膚ケラチノサイトに発現する受容体「BLT2」のリガンドとして作用することで、ケラチノサイトの移動を活性化し、創傷治癒を早めることを明らかにしたほか、鎮痛薬として広く使われているアスピリンが、シクロオキシゲナーゼを阻害して12-HHT産生を抑制するという、創傷治癒を遅延させる仕組みを解明したと発表した。
同成果は同大大学院医学研究科生化学第一講座の横溝岳彦教授らの研究チームと、九州大学、熊本大学、大阪大学、京都大学、国立国際医療研究センターらによる共同研究の成果。詳細は米国科学雑誌「Journal of Experimental Medicine」に掲載された。
アスピリンは発売されてから100年以上が経過した非ステロイド性消炎鎮痛剤だが、胃炎・胃潰瘍・皮膚創傷治癒の遅延などの副作用が知られている。しかし、これまでアスピリンはプロスタグランジンと呼ばれる生理活性脂質の産生を抑えることで、解熱鎮痛作用を発揮する一方で副作用を引き起こすと考えられてきたが、副作用の1つである皮膚創傷治癒遅延の分子メカニズムはよく分かっていなかったという。
そこで研究チームは今回、これまでの研究からアスピリンをはじめとするNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛剤)で12-HHT産生が阻害されることが報告されていながら、12-HHTの生体内での役割が不明であったことから、その受容体BLT2の遺伝子欠損マウスを解析することで、12-HHTの役割が明らかになると考え、実験を行ったという。
具体的には、BLT2受容体が皮膚ケラチノサイトに発現していること、BLT2シグナルが細胞移動を促進するシグナルであることから、皮膚創傷時に生じる血液凝固で産生される12-HHTがBLT2を活性化すると、ケラチノサイトの移動が促進されるのではないかという予想を立て、実験を行ったという。その結果、BLT2欠損マウスでは、予想通り、野生型マウスに比較して創傷治癒が大きく遅れることが確認されたとのことで、さらに詳細な検討を行ったところ、BLT2欠損マウスの皮膚では、ケラチノサイトの移動のみが遅れており、創傷治癒に関わることがわかっている線維芽細胞の増殖や炎症反応は、BLT2欠損で影響を受けていないことが判明したという。
このメカニズムの解析を行ったところ、12-HHTがBLT2を活性化すると、ケラチノサイトからサイトカインであるTNFaが産生され、これがタンパク質分解酵素MMPの発現誘導を引き起こし、その結果、ケラチノサイトの移動を促進することが証明されたとする。
一方、臨床医学の現場では、アスピリンをはじめとするNSAIDsを長期服用している患者では、皮膚創傷治癒が遅れたり、床ずれなどの難治性の皮膚潰瘍が生じやすいことが知られていたことから、12-HHTの産生がアスピリンなどのNSAIDsで阻害されることから、アスピリンの副作用による創傷治癒の遅延が、12-HHT産生阻害によるのではないかと考え、マウスにアスピリンを投与したところ、皮膚創傷治癒が遅延することを確認したほか、BLT2欠損マウスでは観察されないことも確認。この結果、アスピリンが12-HHT産生の阻害を介して、皮膚の創傷治癒を遅らせていることが示されたという。
さらに、研究チームでは今回、BLT2を活性化する化合物を発見。同化合物がマウスの皮膚の創傷治癒を促進することや、その効果が、傷が治りにくいことで知られている糖尿病マウスdb/dbマウスでより顕著であることも発見したという。
なお研究チームでは、今回見出されたBLT2作働薬や、今後の薬剤スクリーニングで見出されるであろう、より高力価のBLT2作働薬を軟膏として投与することで、難治性の床ずれや、糖尿病性皮膚潰瘍などの難治性の皮膚潰瘍に対する新規治療薬となることが期待されると説明している。